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ニューズウィーク日本版編集部 From the Newsroom
靖国神社の本殿から見える風景
「ただいま団体の参拝中でして......個人参拝は2時40分ごろのご案内になります」
戦没者250万人の霊がまつられた東京の靖国神社。その最深部である本殿は、当日申し込みでも個人参拝できる。受け付け場所は拝殿横の参集殿。1月のある日の午後2時ごろ、筆者が受付の女性に個人で昇殿参拝したいと申し出ると、女性は申し訳なさそうに答えた。
40分後に再び参集殿を訪れると、男性と女性2人ずつの先客が待合室でビデオを見ながら参拝を待っていた。女性神職に玉串料を入れる申し込み用の封筒を渡されるが、「相場」が分からない。「どれぐらい入れればいいですか?」。ややうろたえながら聞くと、女性神職は手慣れた様子で「2000円から3000円以上が目安になっています」と、教えてくれた。
手水で身を清めた後、男性神職の後ろに続いて回廊を歩く。おはらいを受け、その後階段を上って本殿へ。基本的には、正面に明治天皇が西南戦争後に贈った大鏡が飾られているだけの本殿で、神職の祝詞に続いて玉串をささげ、二拝二拍手一拝する。しばらく黙とうしたあと、本殿から下がって回廊で盃にはいったお神酒を本殿に向かって飲み干し、待合室で「撤下品」という参拝記念品を受け取る。参集殿を後にするまで約20分。初の昇殿参拝は拍子抜けするほどあっさり終わった。
安倍首相の就任後初参拝、中韓両国の批判、加えて東京のアメリカ大使館が「失望」表明......と、靖国神社は昨年末、再び喧騒に包まれた。慰霊の場としての靖国と、聖戦を肯定し続ける靖国。2つの靖国には重なる部分もある。でも、完全に同じではない。見る者の立場、あるいは見る角度によって、「靖国」はその姿を変える。ただ聖戦を肯定する靖国はメディアで頻繁に報じられても、慰霊の場としての靖国が取り上げられることはほとんどない。
筆者の父方の祖父は戦争中に海軍に徴兵されたが、戦死はしなかった(終戦後、戦争の時にわずらった病気が原因で若くして死んだが)。戦没者の遺族でないのに昇殿参拝したのは、遊就館を見学して批判したところで、「慰霊の場」としての靖国の現場を知らないままでは、いつまでもその本質を理解できないと思ったからだ。
遊就館の展示内容が戦前の聖戦思想から一歩も出ないのは、ある意味当然だ。「天皇のために戦い、死んだ兵士」をたたえる神社本殿の傍らで、付属施設が「あの戦争は間違っていた」とささやき続けていては、死んだ家族に会いに来る大半の遺族はいたたまれない。その一方で、負けた戦争を美化する戦争博物館は世界でも遊就館ぐらいだろうから、遺族ら当事者以外、特にかつての交戦国に理解を得られないのもまたやむを得ない。
慰霊の中心である本殿から見た靖国神社は、拍子抜けするほど当たり前の場所だった。ただ千鳥ケ淵戦没者墓苑とは、決定的に何かが違う。1869年に東京招魂社として造られてから、今年で145年。日本の近代史、そして現代史の中心に位置してきた靖国神社には、日本人の複雑すぎる「思い」が降り積もっている。その役割は、ある意味人工的な千鳥ケ淵戦没者墓苑には代替できない。靖国神社を肯定するにせよ否定するにせよ、新たな国立追悼施設の建設議論が今ひとつ盛り上がらないのは、靖国に降り積もった日本人の「思い」が深すぎるから――そう感じた。
日本遺族会は昨年、1955年の結成以来初めて、参院選で組織内候補の擁立を断念した。理由は会員の高齢化だ。戦後69年が経ち、戦没者を知る直接の遺族は今後確実に減り続ける。86年にそれまで閉じられていた遊就館が再開したのは、78年にA級戦犯を合祀した故・松平永芳宮司の「新たな支持層」取り込みを目指す神社としての経営戦略だった、ともいわれる。靖国神社の直接の支持母体である遺族会の存在感が今以上に弱まり、「新たな支持層」の影響力がいっそう強まった時、靖国神社はなおも純粋な意味での慰霊の場であり続けるのだろうか。
1946年の宗教法人化、78年のA級戦犯合祀に続く「第3の変化の波」が靖国神社に近づいているのかもしれない。
――編集部・長岡義博(@nagaoka1969)
※発売中Newsweek日本版1月28日号は靖国神社特集。中韓がむき出しの感情をぶつけ、結果的に外交の道具になった「ヤスクニ」と、外国からの批判に惑わされ日本人が見失った慰霊の場としての靖国――「2つの靖国」の乖離について考えています。
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