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コラム
ニューズウィーク日本版編集部 From the Newsroom
百合子と芳子のちょっと変わった恋愛映画
私が初めて浜野佐知という映画監督を知ったのは04年。北原みのり(女性向けアダルトグッズショップ「ラブピースクラブ」代表)の著書『ブスの開き直り』の出版記念イベントだった。ちょうど浜野の監督作品『百合祭』が公開される少し前で、映画のテーマでもある「日本社会では『ない』ことにされているババアのセックス」について語っていたのを覚えている。浜野の長いキャリアを考えれば、私が彼女を知るようになったのはずいぶん後になってからだ。
浜野はピンク映画を40年以上、数にして300本以上も撮ってきた。女性監督などほとんどいなかった時代から、怒号を浴びせられ、セクハラされ、主演女優から意地悪され、それでもあきらめずに映画製作を続けてきた彼女の奮闘は、著書『女が映画を作るとき』(平凡社新書)を読んでみてほしい。
01年に作られた『百合祭』は彼女の「一般映画」第2作で、モントリオール世界映画祭はじめ各地の映画祭に出品され、トリノ国際女性映画祭ではセコンド・プリミオ(準グランプリ)を受賞している。そんな映画でも、当初は日本国内の一般公開は実現せず、映画祭や自主上映でしか見ることが出来なかった。「ババアのセックスなんて誰が見たい?」「しかもレズビアン関係まで出てくるやつを?」と、映画をかける側の人(主に男性)が思ったからだ。
でも、あるアパートを舞台にコメディータッチで老女たちの恋や性を描いた『百合祭』はなかなか素敵な作品なのだ。私が好きなのは、吉行和子はじめとする登場人物の女性たちが、ミッキー・カーチス演じる三好さんとセックスをして、「肉球みたいでよかった」「柔らかくて温かい」と話し合う場面。「あそこがフニャフニャ」と言われたら男性にとっては屈辱的だろうが、女性の意識はちょっと違うと思う。この場面、「女性のセックスを女性たちの手に」と考えている浜野の意識がよく現れている。
前置きが長くなったが、浜野の一般映画第4作『百合子、ダスヴィダーニヤ』が、東京・渋谷のユーロスペースで上映される(10月22日~11月18日、モーニング上映)。京都(10月1日~14日)や名古屋(10月8日~21日)でも短期間上映される。大正時代を舞台にロシア文学者・湯浅芳子と小説家・中條百合子の若き日の愛と別れを描く実話もので、性を追ってきた彼女ならではのちょっとひねった恋愛映画だ。
芳子と百合子は1924(大正13)年、作家・野上弥生子の紹介で出会う。意気投合する2人だが、百合子には荒木茂という夫がいた。「私は男が女に惚れるように、女に惚れる」と公言する芳子と三角関係になり、やがて百合子は離婚。2人は共同生活を送り、ともにソビエト留学も果たす。しかし帰国後、百合子は後に日本共産党書記長となる宮本顕治の下へ走り、芳子との関係に終わりを告げる。
女同士の愛と別れ――レズビアン関係といえばそうなのだが、「百合子は最初から最後までヘテロ(異性愛者)だったと思う。2人が2人だったからこそ引かれ合った。セックスは後から付いてきたのだと思う」と、浜野は言う。百合子は後の作品で、芳子のことを否定的に書いていくが、それに芳子が反論することはなかった。「100年前、愛に裏切られた芳子の無念を晴らしてあげたい。2人に幸せなセックスをさせてあげたい」と映画制作にあたり、浜野は思ったという。
浜野はピンク映画で女性の体をアップにする手法をよく使い、カラミばかりを撮る「ピンク映画をダメにした三悪人」の一人に数えられているそうだ。『百合子、ダスヴィダーニヤ』でも、俳優に寄った絵が多いように思うが、そのアップに耐えられる主演2人(菜葉菜と一十三十一)の凛々しさ、可愛らしさ。それから、彼女たちが身に付けている着物がとにかく素敵で、その点でも一見の価値がある。
作品に厚みを与えているのが、百合子の夫役・大杉漣のコミカルさと悲哀の漂う演技だ。時代背景をより深く知るため、当時の日本がどうだったかを再確認してみようか、という気になる映画でもある。私としては、100年近く前にこんなに自由な女性たちがいたことに心躍るような気分になった。
日本共産党のカリスマ作家として偶像視された百合子と芳子との関係は長らく封印されてきたというから、映画の協力者として共産党がクレジットされているのは少々意外だった。だが、浜野いわく「芳子との関係よりも、宮本顕治とは再婚だったことを取り沙汰されることのほうがいやだったみたい」。
フェミニズムの問題と共通するが、女性監督、女性の愛、と強調するのは訴求力という意味ではマイナス効果もあるのが辛いところ。でも枕詞に惑わされず、こうした映画を偏見なく楽しめる人(主に男性)が増えるといいなと思う。
ちなみに黒サングラス姿の浜野は一見とっつきにくいが、実際に話をしてみるととてもチャーミングな人です。
――編集部・大橋希
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