コラム

百合子と芳子のちょっと変わった恋愛映画

2011年10月04日(火)12時01分

 私が初めて浜野佐知という映画監督を知ったのは04年。北原みのり(女性向けアダルトグッズショップ「ラブピースクラブ」代表)の著書『ブスの開き直り』の出版記念イベントだった。ちょうど浜野の監督作品『百合祭』が公開される少し前で、映画のテーマでもある「日本社会では『ない』ことにされているババアのセックス」について語っていたのを覚えている。浜野の長いキャリアを考えれば、私が彼女を知るようになったのはずいぶん後になってからだ。

 浜野はピンク映画を40年以上、数にして300本以上も撮ってきた。女性監督などほとんどいなかった時代から、怒号を浴びせられ、セクハラされ、主演女優から意地悪され、それでもあきらめずに映画製作を続けてきた彼女の奮闘は、著書『女が映画を作るとき』(平凡社新書)を読んでみてほしい。

 01年に作られた『百合祭』は彼女の「一般映画」第2作で、モントリオール世界映画祭はじめ各地の映画祭に出品され、トリノ国際女性映画祭ではセコンド・プリミオ(準グランプリ)を受賞している。そんな映画でも、当初は日本国内の一般公開は実現せず、映画祭や自主上映でしか見ることが出来なかった。「ババアのセックスなんて誰が見たい?」「しかもレズビアン関係まで出てくるやつを?」と、映画をかける側の人(主に男性)が思ったからだ。

 でも、あるアパートを舞台にコメディータッチで老女たちの恋や性を描いた『百合祭』はなかなか素敵な作品なのだ。私が好きなのは、吉行和子はじめとする登場人物の女性たちが、ミッキー・カーチス演じる三好さんとセックスをして、「肉球みたいでよかった」「柔らかくて温かい」と話し合う場面。「あそこがフニャフニャ」と言われたら男性にとっては屈辱的だろうが、女性の意識はちょっと違うと思う。この場面、「女性のセックスを女性たちの手に」と考えている浜野の意識がよく現れている。

 前置きが長くなったが、浜野の一般映画第4作『百合子、ダスヴィダーニヤ』が、東京・渋谷のユーロスペースで上映される(10月22日~11月18日、モーニング上映)。京都(10月1日~14日)や名古屋(10月8日~21日)でも短期間上映される。大正時代を舞台にロシア文学者・湯浅芳子と小説家・中條百合子の若き日の愛と別れを描く実話もので、性を追ってきた彼女ならではのちょっとひねった恋愛映画だ。

DSC02998.JPG芳子と百合子は1924(大正13)年、作家・野上弥生子の紹介で出会う。意気投合する2人だが、百合子には荒木茂という夫がいた。「私は男が女に惚れるように、女に惚れる」と公言する芳子と三角関係になり、やがて百合子は離婚。2人は共同生活を送り、ともにソビエト留学も果たす。しかし帰国後、百合子は後に日本共産党書記長となる宮本顕治の下へ走り、芳子との関係に終わりを告げる。

 女同士の愛と別れ――レズビアン関係といえばそうなのだが、「百合子は最初から最後までヘテロ(異性愛者)だったと思う。2人が2人だったからこそ引かれ合った。セックスは後から付いてきたのだと思う」と、浜野は言う。百合子は後の作品で、芳子のことを否定的に書いていくが、それに芳子が反論することはなかった。「100年前、愛に裏切られた芳子の無念を晴らしてあげたい。2人に幸せなセックスをさせてあげたい」と映画制作にあたり、浜野は思ったという。

 浜野はピンク映画で女性の体をアップにする手法をよく使い、カラミばかりを撮る「ピンク映画をダメにした三悪人」の一人に数えられているそうだ。『百合子、ダスヴィダーニヤ』でも、俳優に寄った絵が多いように思うが、そのアップに耐えられる主演2人(菜葉菜と一十三十一)の凛々しさ、可愛らしさ。それから、彼女たちが身に付けている着物がとにかく素敵で、その点でも一見の価値がある。

 作品に厚みを与えているのが、百合子の夫役・大杉漣のコミカルさと悲哀の漂う演技だ。時代背景をより深く知るため、当時の日本がどうだったかを再確認してみようか、という気になる映画でもある。私としては、100年近く前にこんなに自由な女性たちがいたことに心躍るような気分になった。

 日本共産党のカリスマ作家として偶像視された百合子と芳子との関係は長らく封印されてきたというから、映画の協力者として共産党がクレジットされているのは少々意外だった。だが、浜野いわく「芳子との関係よりも、宮本顕治とは再婚だったことを取り沙汰されることのほうがいやだったみたい」。

 フェミニズムの問題と共通するが、女性監督、女性の愛、と強調するのは訴求力という意味ではマイナス効果もあるのが辛いところ。でも枕詞に惑わされず、こうした映画を偏見なく楽しめる人(主に男性)が増えるといいなと思う。

 ちなみに黒サングラス姿の浜野は一見とっつきにくいが、実際に話をしてみるととてもチャーミングな人です。

――編集部・大橋希


このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、FDA長官に外科医マカリー氏指名 過剰

ワールド

トランプ氏、安保副補佐官に元北朝鮮担当ウォン氏を起

ワールド

トランプ氏、ウクライナ戦争終結へ特使検討、グレネル

ビジネス

米財務長官にベッセント氏、不透明感払拭で国債回復に
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでいない」の証言...「不都合な真実」見てしまった軍人の運命
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 6
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 7
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 10
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 9
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 10
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story