コラム

若かりしショーケンと田中邦衛の青春映画『アフリカの光』をDVDでは観ない理由

2020年07月08日(水)15時45分

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<内容はよく覚えていない......けれど強く印象に残り、今も事あるごとに思い出す作品>

映画青年だった。大学の授業にはほとんど出席せず、映画制作サークルの友人たちと8ミリ映画を撮り、空いた時間には情報誌「ぴあ」を片手に映画館を回っていた。ただし料金が高い封切館(つまりロードショー)にはまず行かない。通っていたのは封切館の半分以下の料金で、旧作を2本か3本立てで上映する名画座だ。

具体的には池袋の文芸坐、高田馬場のパール座と早稲田松竹。そして飯田橋の佳作座とギンレイホール。この辺りがテリトリーで、行けば半日は過ごせる。週末の夜にはオールナイト上映もあった。

この名画座的な空間に洋画は(ヌーベルバーグやアメリカン・ニューシネマは別にして)似合わない。ハリウッドの超大作など特に。メインは邦画だ。神代(くましろ)辰巳に深作欣二、今村昌平に長谷川和彦、溝口健二に小津安二郎、藤田敏八(としや)に黒澤明、田中登に熊井啓。当時観た映画の監督名を思い付くままに挙げたけれど、あの頃の邦画は本当に面白かった。

映画は面白い。表現であると同時にメッセージでもある。映像であると同時に音楽でもある。真実であると同時に虚構でもある。あらゆる相反する要素が詰め込まれている。人生についてのほとんどとは言わないが、半分近くはこの時期に観た映画から教わったような気がする。

だからこの連載のテーマは邦画。名画座的空間はこれからも減り続けるとは思うが、でもきっと絶えることはない。第1回は何か。いろいろ考えたけれど、前置きを長く書き過ぎてしまったので、さらりと触れられる『アフリカの光』にする。

公開は1975年。丸山健二の同名小説の映画化だ。脚本は中島丈博で監督は神代辰巳、そして撮影は姫田真佐久(しんさく)で主演は萩原健一と田中邦衛。クレジットを見るだけで、この時代の映画青年にとっては、まさしくメインストリームに位置する作品だ。それなのになぜ「さらりと触れられる」と判断したのか。理由は内容をよく覚えていないからだ。

と書くと、初回からふざけるな、と怒られるかな。ふざけていない。内容はよく覚えていないけれど、とても強く印象に残り、今も事あるごとに思い出す作品なのだ。

<関連記事:山本太郎の胸のうち「少なくとも自分は、小池さんに一番迫れる候補」

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米P&G、通期コア利益見通し上方修正 堅調な需要や

ワールド

男が焼身自殺か、NY裁判所前 トランプ氏は標的でな

ビジネス

ECB、6月以降の数回利下げ予想は妥当=エストニア

ワールド

IMF委、共同声明出せず 中東・ウクライナ巡り見解
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負ける」と中国政府の公式見解に反する驚きの論考を英誌に寄稿

  • 4

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 5

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 8

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story