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フォトグラファーGのフォトブログ

ハイチ取材に食指が動かない理由

2010年01月19日(火)15時48分

 私は(特別研究員として)ハーバード大学にいて、日々拡大するハイチ大地震の惨状と仲間のカメラマンが続々と現地入りする様子を眺めている。生涯同じような現場を撮り続けてきた者として、奇妙な感じだ。現地に行きたくて血が騒ぐかと思ったが、正直それもない。

 なぜ、飛んで行きたくならないのだろう。今日1日そのことを考えていたが、これという答えは出なかった。自然災害がもたらす悲劇を前にして、写真にできることはほとんどない。その無力感にうんざりしているのは確かだ。だが、この理屈には欠陥がある。ハイチの本当の問題は、自然災害ではなく貧困なのだ。地震は、元から存在した絶対的貧困や政治の無責任や混沌を、増幅しただけだ。

■米西部の風景でも撮ろうか

他人の不幸を写してその惨めさを切り取ったところで、何の解決にもならない。それもきっと、ハイチに行きたくない理由の一つだろう。私が今ここで幸せだということも。

 だが、ハイチに飛びたい衝動はなくてもどこかに行きたい衝動はある。10代のころから1つの場所でこんなに長く過ごしたことはなかったし、だんだん窮屈になってきた。仲間が東へ向うなら、私は西へ飛んでアメリカ西部の風景でも撮影しようか。


2010年01月19日(火)14時32分

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アメリカの皮を剥いだロバート・フランク

2009年12月09日(水)14時32分

 ニューヨークのメトロポリタン美術館は、何トンもの財宝を腹に抱えてよく肥えた王様のように5番街に君臨している。

 芸術世界の分岐点の染みのような存在である写真家ロバート・フランク(85)の作品を展示するには、風変わりな場所だ。ロダンのブロンズ像やモネの絵画を過ぎ角を曲がったところに、「光沢のない」アメリカを写したフィルムのベタ焼が掲げられている。

「ルッキング・イン:ロバート・フランクの『アメリカ人』」(2010年1月3日まで開催中)の世界にようこそ。

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「パレード」 ホーボーケン、ニュージャージー(1955年)

 アメリカの小説家ジャック・ケルアック(ビートジェネレーションの王様と呼ばれた)に言わせれば、外国人のフランクは「アメリカの中心から悲しい一編の詩を吸い上げた」。ケルアックほど「イカして」いない者たちは、彼の作品を「無意味で、酩酊していて雑」と嘲笑した。何にせよフランクは、アメリカで1万6000キロを旅し2万7000枚の写真を撮影した後で、私たちの物の見方を永遠に変えてしまった。そのなかの83枚を収録した写真集『アメリカ人』で、フランクは母国スイスの伝説的英雄ウィリアム・テルのような腕前で、写真家エドワード・スタイケンが企画開催し当時絶賛されたセンチメンタルな写真展『ファミリー・オブ・マン』のピクトリアリズム(絵画的な写真)に風刺の矢を突き刺した。脳裏に焼きついて離れず感情を排した彼の写真はアメリカの皮を剥ぎ、その叫びは世界中にこだました。

非道を知る外国人の目で

 血と汗と涙を収めたフランクの写真集は、50年代のアメリカを夏の嵐のように縦断した。彼が小さなカメラを手に、ボロボロの古いフォードに乗ってアメリカを旅したのは、白人女性に席を譲るのを拒否した15歳の黒人少女クローデット・コルビンがバスから引きずり降ろされたり、マーチン・ルーサー・キング牧師が「夢」を語り始めたころ。その過程で彼は写真を再発見し、写真をギャラリーからから通りに持ち出した。

 メトロポリタン美術館にぴったりではないか。

 雑誌のモデルのような女性は、青白く長い首筋に香水を噴きつけてから、デトロイトの組立ラインの写真に目を凝らす。ガラスの向こうの工員たちの作業服に、彼女の真っ赤な唇が投影する。唇はそれから、地味な友人の方を向いて言った。

「お腹減ってる?」

 人種差別や公民権侵害を攻撃し、台頭しつつある消費文化に疑問を呈したこのタイムリーで革命的な作品も、美術館できれいに飾られるとその迫力は減退する。芸術には違いないが、「芸術のための芸術」ではない。この展示会は作品の意図ではなく、その過程に焦点を置いているが、的外れだ。

 フランクの作品は批判的だが論争的ではない。ナチスドイツを隣国にもったスイスのユダヤ人として、彼は政治指導者の残忍さをよく理解していた。アメリカでは外国人として孤独に敏感だったが、心を閉ざすことなく現実を写し出した。04年のドキュメンタリーで、フランクはその時の体験をこう語っている。「黒人の扱われ方をはじめて目にした。驚きだった。でもそれでアメリカを嫌いになることはなかった。人がどんな風になるのかを理解した」

「ジョン、あれは何?」

「お母さん、あれはビューイックだよ」

「すごいわ」

ピント外れの展示内容

 真実と捏造の混じった展示資料はフランクの意図にうまく光を当てていない。ただ彼のあまり面白くない過程には光を当てている。たとえば、8×10 インチの試作プリント83枚のコラージュ。フランクが55年前、写真集のレイアウトを考えていたときの記憶を基にして壁面に再配置されていた。当時は本当にそうだったことを信じろとでも言うように。これらのプリントからは2枚だけが写真集に使用されたのだが、フランクが壁に多くの写真を掲げるのが好きだったことだけは、確かなようだ。

 ケルアックが書いた写真集の序文のコピーや、この写真集に資金を出したグッゲンハイム財団への提案書(写真家ウォーカー・エバンズが書き直した)も、プレキシガラスの向こうに展示されている。磨き抜かれたガラスの向こうでおそろいの黒いフレームに収まり、配慮の行き届いた控えめな照明の下で見る展示品は、古い目で見た世界のように、生命もエネルギーも失っている。

 ムートンブーツにストレッチパンツをはき、コソ泥のようにも見える10代の芸術専攻の学生2人は、35番目の作品が展示されているハワード・ギルマン・ギャラリーのベンチに腰を下ろしている。アリゾナ州ウィンズローとフラッグスタッフの間の旧国道66号線上で起きた交通事故の現場の写真だ。

「アートに興味のない男とは付き合えないわ、わかる?」

「うん」

 展示のスタート地点から140歩のところにあるプレキシガラスの箱で、展示は終了する。その箱には、きちんとラベルが貼られている。「アメリカ人の破壊」と「作品名なし 1989」、「ゼラチン・シルバー(銀塩写真)と熱転写の混同プリント」。フランクは、16×20インチの複数の写真を重ねて太い電線で巻き、6インチの釘3本を打ち込んだ。彼の作品に大金をはたくコレクターを嘲笑ったものだという。だがこの作品は高値で売れ、コレクターは仕返しを果たした。140歩の後に分かったことは、フランクはメトロポリタン美術館が好きだということ、だが彼の作品はそうでもないということだ。

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写真の修正について再び

2009年11月11日(水)14時58分

写真フィルムは楽譜だが、プリントされた写真は演奏だ――アンセル・アダムス(写真家)

 写真の世界において、現実を操作することは現実を描写するのと同じくらい長い歴史をもつ。アメリカの南北戦争で遺体を並び変えたマシュー・ブレイディやアレクサンダー・ガードナーと同じことを、世界トップレベルの写真家たちがルワンダで行った。ロイターとロサンゼルス・タイムズ紙のカメラマンがレバノンとイラクでコンピューターを使って修正を行ったように、あのユージン・スミスも何枚ものネガを暗室で組み合わせて写真をでっち上げた。

 スミスの名は、人道主義的な写真に対して毎年贈られる奨学金に冠され、その母体となるユージン・スミス・メモリアル基金の理事会には写真業界の多くの大物が名を連ねる。その一方で、レバノンにおける写真を修整したとして契約を打ち切られたロイターのカメラマン、アドナン・ハッジの例がある。

 確かにハッジの写真は、スミスには遠く及ばない。それでも私は、なぜ写真界はハッジ(および同じように写真に手を加えた人々)を攻撃しながらスミスのことは賞賛し続け、彼がときどき暗室で真実を捏造していたという事実を無視するのか疑問に思う。

 何人もの著名な写真家が、何年にも渡って写真を作り上げ、そのおかげで現在の地位を築いた人もいることはフォトジャーナリズム界の公然の秘密だ。だが世間の人々が知っているのは、見破られるほど出来の悪い写真を作ったハッジや、すでに亡くなり厳しい評価にさらされずに済んでいるスミスのようなケースだけだ。

 前回紹介したフランス国民議会の法案が提案するように、写真家が根本から作り変えた写真はそのように明記されるべきだ。ニュース写真も、加工済みとの注釈を入れてみてはどうだろう?

 どんな写真もある程度は人を欺くものだ。加えられたものより、取り除かれたものの方が大切なことも多い。そして長い間多くの写真家が使用してきたコダクロームやトライXといったフィルムで撮られた写真も、デジタルカメラで撮られたものと同様、現実そのものではない。

 しかし世間は写真家が思う以上に賢明だ。彼らは創作や芸術的な演出の価値を理解している。だとしても、真実を描写したのではなく作り手の想像力が生み出した作品を見るときには、それが加工されたものだと警告を受ける必要があるだろう。

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写真の修整は規制するべきか

2009年10月21日(水)17時44分

 9月28日のニューヨーク・タイムズ紙によると、広告や雑誌に掲載する女性の写真をデジタル処理で修整した場合には、注意書きを義務づけるという法案が9月15日にフランス国民議会下院に提出された。

 これはいいニュースに違いない。モデル写真の修整が規制されれば、ファッション誌が「こうあるべき」という理想像を女性たちに押し付け、それに合わせて服を買わせたり、体型を変えさせるようなことがなくなる。

 と思ったが、本当にそうだろうか。ひょっとして、人々は広告写真が操作されることを望んでいるのかもしれない。写真が修整されていることなんて何十年も前から知っていて、今さら何の影響も受けないのかもしれない。実際のところ、人々は広告写真の影響をどれくらい受けているのだろう?

 もしかしたら、修整していない写真に「修整していません」と注意書きを付ける方が賢い戦略かもしれない。人々は注意書きに気を付けるようになり、それが明記されていない写真については詳細に確かめようとするだろう。

 ニュース写真はいまやスポーツのようになってしまった。並みはずれて優れた写真は「出来すぎ」と思われ、不正があるのではと疑われてしまう。しかしスポーツと違って、厳しく規制し、監督するのは難しい。報道である以上、政府や国際機関による干渉は不健全であり、民主主義に不可欠な報道の自由と相容れないと考えられるからだ。

 雑誌や新聞が、広告写真と報道写真の使い方の線引きを曖昧にしてしまっているのが現状だ。しかし広告写真に対する規制をきっかけに、報道機関は積極的に――それか、これまでの態度を恥じ入って――規制を行うようになるかもしれない。

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遺体写真をめぐるアメリカ政府の偽善

2009年09月16日(水)12時16分

 まずは、2カ月もブログを更新しなかったことを謝りたい。言い訳をいすると、この間、私はハーバード大学でジャーナリストを対象としたニーマン・フェロー・プログラムに参加するため、家族をアメリカに呼び寄せていた。子供を新しい学校に入学させるなど、新しい生活を始めることにかかりっきりになっていた。

 今回はAP通信のカメラマンが撮影した、瀕死の米海兵隊員の写真をめぐってアメリカで加熱している議論について考えてみたい。多くの新聞が掲載を拒み、アメリカ政府が公表を止めようとしたのが下の写真だ。見てわかるように、写真には致命傷を負った直後の海兵隊員が仲間に囲まれる姿が写っている。

AP通信「Death of a Marine: A photographer's journal」14枚目


 AP通信は、この写真を配信すべきかどうか社内で議論したため、撮影から配信まで数週間かかった。配信という最終的な判断は正しかったと思うが、私がショックを受けたのは結論までにかかった時間の長さだ。被写体がパレスチナ人の死体だったら、こんなに時間がかかっただろうか。

 ロバート・ゲーツ米国防長官は写真の配信前、AP通信のトム・カーリーCEO(最高経営責任者)に電話し、写真は遺族に「多大な痛み」を与えるとして公表をやめさせるべく圧力をかけた。実際に配信されると、「攻撃で重傷を負った息子の写真を配信するという慈悲と常識に欠けた(カーリーの)判断には驚くばかりだ。法律やポリシーや憲法上の権利の問題以前に、判断力と良識の問題だ」と記した書面を送りつけた。

■米メディアのダブルスタンダード

 この問題についてとくに不安を感じるのは、米政府はかつて、自らイラク人(サダム・フセイン元大統領の2人の息子、ウダイとクサイ)の遺体写真を公開したことがあるということだ。さらに米軍兵士には、ブログにアフガニスタン人やイラク人の遺体写真を載せることを許している。従軍メディアにも、戦争捕虜の写真の撮影を許可している。こうした行為の多くは完全にジュネーブ条約(13条)に抵触する。

 だが政府は米兵に犠牲者が出ている事実や、国民に不人気な戦争で人命が失われているという事実を人々に見せつける写真には過敏に反応する。メディアがこうした現場のリアルな写真を使おうとすると、激しい非難を始める。

 アメリカ国内で、瀕死の海兵隊員の写真を掲載した新聞はごく一部だった。だが掲載しなかったこれらの新聞も、外国の兵士や子供、市民の遺体写真は簡単に掲載するし、犠牲者の家族を気遣う議論などされはしない。こんなダブルスタンダードや偽善は許されるものではない。

 戦争の犠牲者を撮影したときは、公開まで十分な時間をおくのが慣例だ。それは犠牲者の家族に、写真が紙面に掲載される前にその死を伝える時間を作るためだ。私も周りのカメラマンも皆、これを受け入れている。私が受け入れられないのは、映画のように戦争を美化するため、悲惨な部分にふたをしようと犠牲者の写真を隠そうとすることだ。外見だけを取り繕うのは、戦争の長期化を招くことにしかならない。

 アメリカに限らず兵士たちは、ほぼ例外なく自身の苦しみや犠牲を記録に残すことに協力的だ。彼らは一様に、「ここで起きている真実を、故郷の人々に見せてくれ」と言う。

 アフガニスタンの塹壕ではなく、アイオワの自宅では戦争の悲惨さなど感じられないと彼らは知っている。だからこそ、リアルな姿を伝えてほしいと願っているのだ。

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ゲイリー・ナイト

1964年、イギリス生まれ。Newsweek誌契約フォトグラファー。写真エージェンシー「セブン(VII)」の共同創設者。季刊誌「ディスパッチズ(Dispatches)」のエディター兼アートディレクターでもある。カンボジアの「アンコール写真祭」を創設したり、06年には世界報道写真コンテストの審査員長を務めたりするなど、報道写真界で最も影響力のある1人。