コラム

EU離脱合意を英下院が大差で否決 「合意なき離脱」に突き進む強硬離脱派の本能

2019年01月16日(水)14時00分

英議会前広場で否決に歓声を上げるEU残留派の市民(筆者撮影)

[ロンドン発]3月29日が期限の欧州連合(EU)離脱を巡る協定書と政治宣言の採決が15日、英下院で行われ、賛成202票、反対432票で否決された。230票という歴史的な大差だった。

numbers.jpg

議会前広場では離脱を撤回する2回目の国民投票を求めるEU残留派の市民が歓声を上げた。筆者はその熱狂の中で、テリーザ・メイ英首相の内相時代に仕えた官僚の1人から聞いたエピソードを思い出した。

「内相だった彼女は移民の年間純増数を10万人未満に抑えると宣言した。その目標は毎年、達成されることはなかったが、メイ氏は必ず達成すると言い続けた。同じ目標を何回も何回も掲げ続けた」

MAS_6820 (720x468).jpg

EUとの離脱合意にも肩を落とすメイ首相(昨年11月、筆者撮影)

この時の状況がブレグジット(英国のEU離脱)交渉とそっくり同じなのだという。もし、そうならブレグジットは永遠に起きないまま、英国はメビウスの輪の中で堂々巡りを続けることになる。

保守党からの造反は強硬離脱(ハードブレグジット)派とEU残留派を合わせて118人。昨年12月のメイ首相に対する保守党の不信任投票での不信任117人より1人増えた。市場は否決をすでに織り込み済みで、英通貨ポンドは対米ドルで反発した。

最大の争点は北アイルランドとアイルランド国境のバックストップ(安全策)。4月以降に始まる通商交渉が決裂した場合「目に見える国境」が復活し、約3600人が犠牲になった北アイルランドの悪夢が蘇る。

それを回避するため、暫定的に英国全体がEUの関税同盟に留まり、北アイルランドは単一市場のルールに従うという安全策が設けられた。しかし強硬離脱派は、これが「手錠」になり、英国は永遠にEUの軛(くびき)から逃れられなくなると恐れている。

EUが英国の残留を望むならバックストップは動かさないかもしれない。しかし、強硬離脱派をなだめて円滑な離脱を実現させるためには、安全策は「暫定的」という確実なお墨付きを与えるしかない。

ジャン=クロード・ユンケル欧州委員長はしかし、声明で「離脱協定は双方の妥協に基づき、可能な最善の合意だ」「英国はできるだけ早く意思を明らかにするよう促す。もう時間切れ寸前だ」と突き放した。

EUは英国を残留でも離脱でもない宙ぶらりん状態に追い込むつもりなのだろうか。それにしても強硬離脱派が「合意なき離脱」に突き進む理由は何なのか。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米GDP、第1四半期は+1.6%に鈍化 2年ぶり低

ビジネス

ロイターネクスト:為替介入はまれな状況でのみ容認=

ビジネス

ECB、適時かつ小幅な利下げ必要=イタリア中銀総裁

ビジネス

トヨタ、米インディアナ工場に14億ドル投資 EV生
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP非アイドル系の来日公演

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    やっと本気を出した米英から追加支援でウクライナに…

  • 8

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 9

    自民が下野する政権交代は再現されるか

  • 10

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story