地下鉄対決:ニューヨークvs.ロンドン
先週、面白いニュースを聞いた。ニューヨーク州都市交通局(MTA)がロンドンの地下鉄当局の関係者をコンサルタントに雇うという。なんだか不思議だ。何しろ多くの人がロンドンの地下鉄の運行はメチャメチャで、値段が高いと思っている。そのアドバイスをもらうなんて、日本政府に公的債務の減らし方ついて助言を仰ぐようなものだ(あるいはアイスランド政府に銀行規制の方法を聞くとか?)
ロンドンとニューヨークの地下鉄のどちらが優れたサービスかは、長いこと議論の的だった。僕は公共交通網のちょっとしたおたく。あまり細かな点には触れないようにしたいが、重要な点ではニューヨークの地下鉄のほうが優れていると思う。ずっと安いし、24時間走っているし、ロンドンの地下鉄よりは少しだけ信頼できる。ロンドンが優れているのは表面的な点だ。見た目も感覚もモダンであるということ。おしゃれな駅もあるし、新しい車両も導入された(中心部の路線は発達していて信頼できるので、ロンドンを訪れた人は実際よりずっといい印象を持つ)。
それでもロンドンの地下鉄には、ニューヨークにはない工夫がいくつかある。
MTAは、ロンドンの地下鉄の電光表示板システムを取り入れようとしているらしい。次の電車がいつ来るかを表示する、あれだ。ニューヨークの地下鉄には絶対必要だ。この街の地下鉄の駅で見かける光景で笑えるのが、「ダッシュ」。2つの路線がまたがっている駅でどちらの路線にも乗れる人は、両方のプラットフォームが確認できる位置(たいていは階段の近く)にたむろしていて、最初に電車が来たほうにダッシュして乗り込む。電光掲示板があれば、そんなことは不要になる。
ロンドンから導入しようとしているもう1つのアイデアは、ピーク時とオフピーク時で運賃に差をつけるシステムだ。夜間や週末の料金を抑えることで人々にもっと地下鉄に乗ってもらおうというのなら、これも大歓迎だ。朝の通勤時にロンドン並みに料金を値上げする口実にするとしたら問題だが。通勤客は朝地下鉄に乗る以外に選択肢はないのだから。
それから、改札のゲートをなんとかしたほうがいい。ちゃんと切符を持っていても改札を通るのが至難の業なのは、僕の知っているかぎりニューヨークだけだ。メトロカードを通す仕組みなのだが、たいていはうまくいかない。

コツは正しいスピードで通すこと。でも、10分の1秒早過ぎて遅過ぎても、ゲートは動かない。1カ月もすればコツはつかめるが、観光客は戸惑う。カードの残額がもうないのか、それとも改札口が壊れているのか、と悩んでいる姿をよく見掛ける。フルトン・ストリートなど観光客が多く改札口が少ない駅では渋滞が起きることも。もちろん僕を含め住民たちも、最悪のタイミングで引っかかることがある。電車が来る音を聞くと、焦って早く通し過ぎて失敗し、再び通す羽目に。その数秒のロスで電車を逃してしまう。
これでは、ロンドンの地下鉄に見習おうとするのもうなずける。あるいは、パリや香港、東京の地下鉄に学んだほうがいいのかも?
NYで一番おいしいベーグル店
やっほーぃ! 僕の家の近所にあるベーグル店が、ニューヨークで1番おいしいという評価を受けたことが分かった。
「ニューヨーク1の~」というフレーズは、ありとあらゆる食べ物に使われる。ニューヨーク1のピザ、ニューヨーク1の10ドル以下の食事......。これらの「称号」はたいてい、かなり前の世論調査や雑誌の記事を根拠にしている(例えばタイムアウト誌04年10月号だったり、あるいはニューヨーク誌の評論家が選ぶレストランのコーナーだったり)。
それでも僕は、ベーグルに関する評価については信じたいと思う。 最近、ニューヨークを代表する2つのメディア――ケーブルテレビのNY1とニューヨーク・デーリー・ニュース紙――が、あるサイトのコンテストでブルックリンの「ベーグル・ホール」がベスト・ベーグルに選ばれたというニュースを紹介したのだ。他のニューヨーカーと同様、僕も自分の住んでいる場所がとても素晴らしいとか、流行のエリアだとか、ひどく過小評価されているとかを語りたくなる。そして、自分の主張を裏付ける「証拠」があれば、それに飛びつく。
ブルックリンの店がマンハッタンのライバルたちに勝ったのは、快挙といっていい。ベーグル・ホールは、ブルックリンの基準でもファッショナブルとは言い難い。「壁に穴があいた」くらいの小さな店で、 うっかりすると通り過ぎてしまいそうになる。

パーク・スロープのおしゃれな側とは反対の端にあり、僕の新しいアパートからはとても近い。
ニューヨーカーにベスト・ベーグルを尋ねれば、たいていの人は地元民にも観光客にも人気の「H&Hベーグル」を挙げるだろう。アッパーウエストにあるH&Hベーグルの店の近くに住む友人の友人によると、 はるかイスラエルからベーグルを買いに来る人もいるという(イスラエルからやって来た観光客が噂を聞きつけてベーグルを買っただけなのだと思うが)。
ダウンタウンの「マレーズ・ベーグル」やアッパーウエストの「アブソルート・ベーグル」も、おいしいベーグル店としてよく名前が挙がる。だが、ウェブサイトの「seriouseats.com」が行ったベーグルコンテストで選ばれたのは、ベーグル・ホールだった。
ブラインドテストによって行われたコンテストの審査員によれば、同店のベーグルはパリッとした皮と弾力のある中身の絶妙のコントラストがいいのだとか。伝統的な材料を使用し、砂糖は使っていない。
このニュースを見た後、すぐに店に出かけて、ゴマとケシの実のベーグルを1つずつ買った。合わせて1.6ドル。

タイミングもよかった。ちょうど焼きあがったばかりで、家に持ち帰ってもまだ温かかった。ベーグルの真の愛好家によると、焼きあがって30分もすると味が落ち始めるそうだ。ベーグルをトーストするのもご法度だという。(白ワインを冷やし過ぎるようなものらしい。つまり、質のよくないものは味をごまかせるが、最高品質のものの場合は味を殺してしまう)。
早速、クリームチーズとコーヒーという伝統的な食べ方でおやつを楽しんだ。トータルコストは約2ドル。ささやかな人生の楽しみ。
ベーグルは不思議な食べ物だ。好物ではあるが、どうやっても具がはみ出てしまって、なかなかうまく食べられない。マヨネーズであえたツナが穴から飛び散ったこともある。2000年に初めてこの街を訪れたときに「ニューヨークに住む経験」の1つだと思ってたくさん食べたため、今ではすっかりベーグルに慎重になっている。あのとき10週間の滞在で10キロも体格が立派になったのには、ベーグルも貢献しているはずだ(ベーグルは高密度でカロリーが高い)。
ベーグルを食べてから、ベーグルコンテストを報じた記事を読み直してみた。面白いことに、同店のベーグルを評価する理由に、比較的サイズが小さいことが挙げられていた。最近は大きなベーグルがトレンドだ。だから食べ過ぎてしまう。そう審査員たちは述べている。
でも、小さいのがいいかどうかは疑問だ。僕は1度に2つ、ガツガツと食べてしまった。お腹がふくれ過ぎて、少し後悔している。
「手の洗い方」はトイレの必需品?
10月15日は「世界手払いの日」だった。トイレに行った後にきちんと手を洗えば、ある種の伝染病を防げることを知ってもらうためにユニセフが設けたものだ。
もっともアメリカでは、毎日が手洗いの日ともいえる。僕が初めてニューヨークに来たときに驚いたのは――今でも驚くのだが――レストランやバーなどありとあらゆる場所のトイレに、従業員に手を洗うよう促す表示が張られていること(雇用主には手洗いの表示をすることが義務付けられている)。

「そんなこと人に教わらないとダメなの?」というのが僕の感想だ。
最近ノースカロライナ州に出掛けたときに目撃したのは、手を洗うように促すだけではなく、「洗い方」を説明している表示だ。

石鹸を使い、手を乾かす......(洗い方まで教わらなければいけないの?)。
いや、僕は手を洗うことには大賛成だ。ただ、手を洗いましょうというサインは、ほとんど無意味に思える。たいていの人は、恩着せがましいと逆に反抗したくなる。
申し訳ないが、僕の観察では、どんなに丁寧に手の洗い方が説明してあっても、驚くほど多くのアメリカ人の男性が用を足した後、手を洗わずに出て行く。
墓地へ行こう!〜秘密のニューヨーク案内part.2〜
僕はいつだって墓場が大好きだ。整備が行き届いているし、平和だ(スケートボードやフリスビーで遊ぶ若者はいない)。死という運命について重苦しく考えさせられることもない。それどころか、埋葬されている人たちの功績に考えをめぐらせると、あれこれと想像をかき立てられて、ワクワクする。
ブルックリンのグリーンウッド墓地はとりわけ美しく、歴史もある。

ニューヨークにセントラルパークができる以前の19世紀初めには、人々はこの場所でピクニックをし、イーストリバーを臨む素晴らしい景色を楽しんだ。
現在、天気のいい日には、有名人の墓を探すために1000人もがこの墓地を訪れる。もっとも2平方キロ近くもある広大な敷地には小道は無数にあり、池や丘まである。歩いていても人を見かけることはほとんどない。
グリーンウッド墓地には多くのニューヨークの偉大な先人たちが眠っている。ニューヨーク・タイムズは1977年に「ニューヨークの住人の最大の望みは五番街に住み、セントラルパークで大気を浴び、祖先と共にグリーンウッド墓地に埋葬されることだ」と書いている。作曲家で指揮者のレナード・バーンスタインや、若くして死んだカルト的アーティストのジャン・ミシェル・バスキアもここに眠っている。バーンスタインの墓は彼の伝説的な地位から考えればかなり質素だ。
僕がとりわけ興味を引かれたのは、1855年に死んだギャング団のボス、ウィリアム・プールの墓。

映画『ギャング・オブ・ニューヨーク』でダニエル・デイ・ルイスが演じた「ビル・ザ・ブッチャー」のモデルになった人物だ。「アメリカ生まれ」の集団を組織し、アイルランド系移民に対抗した彼の最期の言葉が墓石に記されている。「さよなら、ボーイズ。私は真のアメリカ人として死ぬ」
プールの墓からさほど遠くない場所に、同じく映画のモデルになったタウンゼンド・ハリスの墓がある。

ハリスは初代駐日米領事として開港したばかりの下田に赴任。58年の映画『黒船』では、ジョン・ウェインがハリスを演じている。ハリスの墓の周りには下田市から贈られた石灯篭が飾られ、墓石にはハリスが「日本のよき友」だったことを示す墓碑銘が記されている。
僕の一番のお気に入りは、忘れられた19世紀の画家ウィリアム・ホルブロック・ベアードの墓だ。僕が思うに、彼は偉大な画家とはいえない。作品の多くは擬人化された動物を描いたもので、2本足で立つクマがおしゃべりに興じ、ダンスをする。だから、実物大かと思われるほど大きなクマの銅像が墓石の上に腰掛けているのは、彼の人柄を表してるわけではないのだろう。だがクマそのものが、まぎれもない芸術になっている。

先に挙げたプールの墓もベーアドの墓も、当初は無標だったが、この数年の間に墓石が建てられた。
先日グリーンウッドを散歩していたとき、墓石を建てている現場に遭遇した。墓の製作者が親切にも話をしてくれた。故人に合った墓石を作ることが「私に定めらた仕事」だと、彼女は誇らしげに言った。その墓は、明らかに葛飾北斎の『神奈川沖浪裏』をイメージしたものだった(富士山と小船は省略されていたが)。

埋葬される女性(低カロリー甘味料「スイートンロー」の創業者アイゼンシュタット家の1人)は、アジアアートの愛好者だったという。墓石となる花崗岩はジンバブエ産で、台座の石はイングランド産だそうだ。1つの墓のために多くの努力が払われていることがわかった。
グリーンウッド墓地には興味深い記念碑がたくさんあるが、際立つのは1776年のブルックリンの戦いを記念して建てられた碑だ。ブルックリンの戦いは、アメリカの独立宣言が採択された後に、ジョージ・ワシントン率いる大陸軍(独立軍)とイギリス軍の間で行われた戦争だ。ニューヨーカーの間でこの戦いが話題に上ることはないが(実際、この戦いを知っている人は50人に1人くらいだろう)、戦いはブルックリンの広い範囲で繰り広げられた。グリーンウッド墓地のある小高い丘バトルヒルも戦場の1つになった。
結果は英国軍が大勝。大陸軍はブルックリンからマンハッタンへ逃れたが、再び負けてニュージャージー州とペンシルベニア州へ退陣を余儀なくされた。
それでも大陸軍はイギリス軍との戦いをやめなかった。ワシントンは自分が独立国の大統領に就任し、、、大陸軍をその国家軍にするという理想を保ち続けた。ブルックリンの戦いでの敗北があったからこそ、最終的に独立を勝ち取ったといえる。
バトルヒルにはブルックリンの戦いを記念して、自由の祭壇と戦いの女神ミネルバの像が建てられている。ミネルバ像の左手は、リバティー島に立つ自由の女神に向けて高く掲げられている。そして自由の女神もまた、真っすぐにバトルヒルのほうを向いている。


5番街のアパートの家賃が500ドル!?
先日ニューヨークのニュース専門ケーブルテレビNY1を見ていたら、ニューヨークの賃貸事情を知っている人でなければ理解できないようなニュースを放映していた。それは、1年契約の家賃を最高3%値上げし、2年契約の場合は最高6%値上げすることが決まったというニュースだった。
ニューヨークには「家賃の安定化 rent stabilization」という規制があり、その対象となっているアパートが数多くある(主に1947〜1974年の間に建てられたもの)。これらのアパートでは、家主は自分が望む家賃(つまり市中相場)を設定することができない。市当局が定める範囲でしか値上げできないため、もう何十年もの間、相場よりもずっと割安な値段に抑えられている。
ニューヨークの中産階級にとっては公的な家賃補助みたいなもの。「家賃安定化」の対象となっているアパートの家賃は、たいてい1カ月2000ドルを超えることはない。ワンベッドルームの小さな部屋だとしても、マンハッタンでは破格の安値だ。5番街の部屋が1940年代と変わらない500ドルで借りられるという噂もある。
この安さゆえ、こうしたアパートに住んでいる人は誰も退去しない。入居者が死んだり、隠居のためにフロリダに移り住むような場合は、入居の「権利」はかわいい甥や親しい友人に譲られることになる。
ニューヨークの中流層は、貧困層には家賃の安い公的住宅や食料配給があり不公平だと文句を言ったりするが、彼らにはこのユニークな「家賃補助制度」があることを忘れてはいけない。
■『フレンズ』に出てくるアパートも「家賃補助」の対象?
前回のブログで書いたが、僕はニューヨークを何回も引越ししている。そのうち2回だけ「家賃安定化アパート」を短期間又借りしたことがある。1つはマンハッタン最南端のバッテリー・パークの近くで、ハドソン川とワールドトレードセンターの間にあった。もう1つは、セントラルパークから歩いて4分のアッパーウエストサイドにある部屋だった。
どちらのアパートも、広くも豪華でもなかった(家賃で回収できないから、家主は改築や改装にあまり投資しない)。ただし家賃は、周囲のアパートの相場の半分程度だったと思う。どちらのケースでも入居希望者は複数いたのだが、ラッキーなことに入居者は僕を選んでくれた。片方のアパートでは僕は入居者の「友だちの友だち」で、もう1軒の場合は入居者の男性が僕を「金のない同類のアーティスト」だと思って情けをかけてくれたようだ。
僕はコメディードラマ『フレンズ』がずっと嫌いだった。まるで仕事に精を出さない哀れな若者たちが、あんな優雅なアパートに住む設定をばかげていると思っていたからだ。でも今はわかる。「家賃安定化」制度のおかげで、安い家賃でああいうアパートを借りることも可能なのだ。『フレンズ』のみんなが立派な部屋を借りているからといって目の敵にするのではなく、甘やかされた中産階級の若者たちに腹を立てるべきなのだ。

