コラム

「大学前」で決まる超・学歴社会

2013年04月04日(木)12時42分

 最近、英国国教会の最高位職であるカンタベリー大主教に、前ダラム主教のジャスティン・ウェルビーが新たに就任した。彼は賞賛に値する人物だし、イギリスの宗教指導者として立派に務めあげてくれるに違いない。

 だけど、僕が今ここで彼を取り上げるのは、別の理由。こんな質問をするためだ。ウェルビーとウィリアム王子(英王位継承権第2位の人物)、デービッド・キャメロン(英首相)、ボリス・ジョンソン(ロンドン市長)の4人に共通するものは何か?

 答えは、彼らが全員、同じ学校の出身者だということ。名門私立中等学校のイートン校――多分、世界で一番有名な学校だ。イートン出身者はイギリスでは何百年もの間、あらゆる分野でトップに居座り続けている(歴代首相のうち19人がイートン出身だ)。そうは言っても最近では特に、イートン出身者に権力と富が集中する傾向が顕著だ。

 イートン校は、イギリス人が紛らわしく言うところの「パブリックスクール」。パブリック(公立)という言葉とは裏腹に、歴史あるエリート私立学校だ。学校教育は、イギリス階級システムのまさに根幹を成している。だからこそ、いまだにこの問題はタブー視されることもある。

 僕がオックスフォード大学に通っていた時、友達の1人にイートン校出身者がいた。僕はそれをかなりすごいことだと考えていた。まるで、友達の1人が実はオリンピック選手か公爵の息子だったと知ったとでもいう感じだった。

 ある日僕は、誰かにこう言って彼を紹介した。「イートン校出身の男だぞ!」。友達は気を悪くして、僕にもはっきりそう告げた。実際彼は、僕が経歴で彼を決めつけて「この男はすごい上流階級なんだ」と言っているように感じたらしい。

■高額な学費以上の見返り

 そんなイギリス最高峰の学校に通うのは、もちろん高くつく。学費は年間でおよそ3万ポンド(約430万円)。たとえば2人の息子を5年間通わせるには、50万ポンド(約7000万円)くらいの所得が必要になるわけだ。

 だが裕福で抜け目ない彼らは、教育以上のものに金を払っていることをよく承知している。ましてや、オックスフォードやケンブリッジ大学入学のチャンスを広げるためでもない。

 イギリスのエリートは、大学なんかに行く前からすでにネットワークや友人関係を築いているのだ。そしてオックスフォードやケンブリッジに入ると、彼らは似たようなバックグラウンドを持つまた別のネットワークと関係を築く。一方で、公立学校からオックスフォードに入学した学生たちは普通、自分がエリートの仲間入りしたなんて思っていない。

 その違いは明らかだ。例えばイートン出身のボリス・ジョンソンやデービッド・キャメロンは、オックスフォード大学時代に「ブリントンクラブ」のメンバーだった。リッチな家柄の息子たちがドレスアップし、レストランで酒を飲んでは暴れ回る集まりだ。僕は彼らと同じくらいの時代にオックスフォードに通っていたが、そんなクラブの存在すら知らなかった。

 大まかに言えば、イギリスのエリートはオックスフォードやケンブリッジ出身だからエリートなのではない。パブリックスクール出身だからこそエリートなのだ(そして卒業後は大半がオックスフォードかケンブリッジに行く)。こうした私立学校で教育を受ける生徒の割合はイギリス全体でわずか7%。なのに彼らは、その比率に見合わないほど各界で大成功している。

■公立出身者の成功はずっと困難

 オックスフォードで僕が驚いたのは、聞いたこともない学校の出身者がたくさんいたこと。名門私立校のラグビーやウェリントン、ハローなどは知っていたが、マンチェスター・グラマースクールやキング・エドワード6世校、リーズ・グラマー校......といった学校は知らなかった。

 実際、これらは高い学業成績を誇る「プライベートスクール」だ(オックスフォードやケンブリッジ大学の合格実績では、名門パブリックスクールの上をいく)。そうはいっても、学校としての魅力はやや劣る。これらの学校はたいてい工業都市にあり、超裕福な家庭や貴族の家系というよりもむしろ「普通の裕福な」家庭の子供が通う。費用は通常、イートン校の3分の1ほどだ。

 こうしたプライベートスクールの出身者は、かなりいい人生を送ることになるだろう。でも例えば、卒業生のリストを並べてみれば、マンチェスター・グラマースクールのような学校はイートンの比較にもならない。マンチェスター・グラマースクールが輩出した首相はゼロだし、一番の有名人といえば俳優のベン・キングズレーくらいだろう。ついでに言えば、今もっとも旬なイギリスの俳優のうち3人がイートン出身者だ(ヒュー・ローリー、ダミアン・ルイス、ドミニク・ウェスト)。

 当然ながら、公立校出身者がトップに上り詰めるのは、彼らよりもずっと困難になる。僕はよく、公立校出身者は閣僚やジャーナリストを目指すよりも配管工にでもなったほうがいい、と発言しては叱られたものだ。僕はかなりの負け犬と思われていたに違いない。

 公立校出身の僕が見てきたかぎりでは、こんなことが言えると思う。実際のところ公立校出身者は、(政治家やメディア、金融など)閉鎖的な業界で道を切り開くよりも自営の商売をやったほうが、仕事上でも経済的にも満足のいく地位を得られるチャンスが高い。

 もちろん今のイギリス社会はある程度は柔軟だ。優れた人が、個人的な努力で社会のトップに上り詰めることだってできる。階級がほとんど問題にならない職種だってある(才能があっても裁判官にはなれないかもしれないが、トレーダーならなれるかもしれない)。

 でもイギリスには、出身校とその後の人生の成功度に否定できない強い相関関係があるのも確かだ。そしてそれは単に、「学力に優れていれば成功できる」というような相関関係ではないのだ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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