コラム

アメリカの地ビールはおいしい

2009年12月08日(火)15時18分

 12月5日は僕にとって記念すべき日だ。1933年のこの日、アメリカの禁酒法が廃止された。この馬鹿げた社会的実験は、闇酒を販売するギャングたちを大儲けさせ、州から酒税の収入を奪い、酒を飲むのが好きな余り、法の遵守や権威を軽んじることになった何万人もの普通の人たちを犯罪者に仕立て上げた。

 禁酒法によってもたらされた弊害のほとんどは、比較的すぐに回復した。結局、アルコール類が禁止されたのは14年間という短い期間だけ。それでもアメリカの酒造業者は、少なくとも一世代の間、後退を余儀なくされたことになる。僕がイギリスで育った頃、アメリカのビールはまずいというのが定説だった(実際に僕らがアメリカのビールをどう表現していたかを、ここでは書かない)。

 だからアメリカに来たとき、おいしいビールを探せるか不安だった。普通のバーでは、バドワイザーかクアーズ、あるいはハイネケンやカールスバーグ、ギネスなど世界的なブランドしか置いていないのではないか。ギネスばかり飲むことになりそうだ。そう予期していた。

 僕が住んでいるブルックリンには禁酒法以前、100以上の醸造所があったという話を読んだ。ほぼ間違いなくアメリカの「ビールの首都」といえるだろう。ブルックリン北部にある「ブルワ-ズ通り」には、数十の醸造所があったそうだ。だが禁酒法によって、すべて消えてしまった。小規模な醸造所がアメリカの多様なビールの歴史を蘇らせたのは、この10年ほどのことだ。

 僕の予想がいい意味で裏切られたのは幸いだった。アメリカにもおいしいビールはたくさんあり、ニューヨークの多く----すべてじゃない----のバーにはまともなビールが置いてある。

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 アメリカのブルワリーの多くは、少数のビールを大量生産するのではなく、実に多様なビールを製造している。あるビールフェスティバルに参加したことがあるが、あまりに種類が多くて、たとえ少量とはいえすべてのビールを試飲するのは不可能だった。どれを飲んだか、どれがおいしかったかを覚えていることですら難しい。

 ここでアメリカのおいしいビールを列挙するつもりはないが、僕がいつもニューヨークで飲んでいるのは、ポータービールや白ビールや、ホップの苦味が強いインディア・ペール・エール、ケルシュ風の軽いビールなどだ。
 
 僕がすごいと思う傑出したブルワリーを紹介しよう。まずブルックリン・ブルワリー。僕がブルックリンに住んでいるからひいきにしている訳ではなくて、禁酒法以前のブルックリンの文化を蘇らせようと真摯に取り組んでいるからだ(このブルワリーは、かつての醸造所が集まっていた地区にあり、その一区画の地名を公式に「ブルワーズ通り」と改名させた)。

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 同じくブルックリンのシックスポイントや、マンハッタンのチェルシーも素晴らしい。かなり実験的なのがデラウェア州のドッグフィッシュ・ヘッドだ(ニューヨーカー誌は「究極のビール作り」と呼んだ)。

 今僕の家にあるのは、ウィスコンシン州ミルウォーキーのレークフロント・ブルワリーのビール。7種類買って、今月はこれを楽しんでいる。特に気に入っているのは、イギリスのビールの味がするシカゴのグース・アイランド。オレゴン州のローグやカリフォルニア州のラグニタスは、常に最高の味を保っている。サンフランシスコのアンカーは地ビールを蘇らせたパイオニアであり、その独特の製法はまたとない。

 アルコールにはたくさんの種類があるが、僕にとっての「毒薬」はビールだ。人類は5000年以上にわたって、ビールを飲み続けてきた。禁止しようとする愚かな試みにもかかわらず、だ。2年前、僕は禁酒法の廃止から75周年を祝うバッジをもらった。「飲む権利に乾杯」と書いてある。

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 実際、僕は12月5日に、ビールの多様な種類やクオリティーについて思いをめぐらせた。そして、アメリカのビール文化を蘇らせた人々に敬意を表して、ビールで乾杯した。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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