コラム

サウジアラビアでイスラム教の在り方が大きく変化...日本人が見過ごす実態

2021年05月27日(木)17時07分
サウジアラビアのサルマン皇太子

まだ35歳のMBSことサルマン皇太子 MANDEL NGANーPOOLーREUTERS

<近年、世界で最も大きく変化している国、サウジで起きていることを知らねば中東の正しい理解はできない>

サウジアラビアはここ数年、世界の中でも最も大きな変化を遂げた国の1つだ。今から5年前、当時副皇太子だったムハンマド・ビン・サルマン(MBS)は、石油依存を低減させる形に経済を改革し、活力あふれる穏健なイスラム教国を目指すとして「ビジョン2030」を発表した。非石油分野のGDP比率が2016年の55%から20年には59%に上昇したのに加え、持ち家比率が47%から60%に増加するなど、一定の成果を上げている。

中東全体への影響という点で重要なのは、サウジにおけるイスラム教の在り方が大きく変わったことだ。サウジはかねてより不寛容で過激なワッハーブ派を信奉する原理主義国家と揶揄されてきたが、MBSは18年4月、米誌アトランティックとのインタビューで「ワッハーブ派などというものは存在しない」と述べ、それはサウジの評判を落とすための中傷であると批判した。

今年4月にサウジで放送された「ビジョン2030」5周年を記念する長尺のインタビューでも、MBSは改めてサウジはワッハーブ派ではないと主張し、サウジの憲法は『コーラン』であり、その解釈は特定の法学派や法学者に従っていないと述べた。

イスラム教は誰を指導者、何を権威と信じるかによってスンニ派とシーア派に分かれる。ただしおのおのが自らを正統と信じるため、互いの存在自体を認めない場合も多い。サウジで多数派を占めるスンニ派の中には、ハナフィー派、マーリク派、シャーフィイー派、ハンバル派の四法学派が存在する。

イスラム法学者はいずれかの学派に属して学び、法解釈を行うが、一般信徒が特定の学派に属すという考えはそもそもない。ワッハーブ派などというものは存在しないというMBSの発言は、スンニ派的に正統な立場の表明である。

一方、これまでサウジが原理主義と揶揄されても致し方ないほど厳格にイスラム法を適用してきたのも事実だ。イスラム法は『コーラン』を法源とする神の法であるため、近代的価値観に抵触する規範も多くある。女性の自由や人権が大きく制限されてきたのはその一例だ。

しかしここ数年、サウジでは女性の車の運転が解禁され、男性親族の許可なしでの旅行ができるようになるなど、女性の人権は大きく前進した。労働力人口総数に占める女性の割合も17年の19.4%から20年には33.2%へと増加し、世界銀行は19年に世界で最も女性の経済参加のための環境が改善された国としてサウジを挙げた。

プロフィール

飯山 陽

(いいやま・あかり)イスラム思想研究者。麗澤大学客員教授。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(東京大学)。主著に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『中東問題再考』(扶桑社BOOKS新書)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエルがイラン攻撃と関係筋、イスファハン上空に

ワールド

ガザで子どもの遺体抱く女性、世界報道写真大賞 ロイ

ビジネス

アングル:日経平均1300円安、背景に3つの潮目変

ワールド

中東情勢深く懸念、エスカレーションにつながる行動強
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 4

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 5

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 6

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 10

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story