コラム

フェイクニュースから「影響工作」へ──すでに国家安全保障上の課題

2021年07月30日(金)20時00分

Facebook内の偽情報が問題になってから久しい...... REUTERS/Gabrielle Crockett

<フェイクニュースを戦闘行為以外の戦争方法のひとつ=影響工作(Influence Operations)として位置づけて考える必要がある>

フェイクニュースから影響工作へ

フェイクニュースという言葉は2016年のアメリカ大統領選挙で一気に有名になり、それ以来メディアなどでも多く取りあげられるようになった。多くのメディアはフェイクニュースそのものに注目したが、2016年のアメリカ大統領選挙への干渉がそうであったようにフェイク以上に安全保障上の問題であった。

その全貌を把握し、対処するためにはフェイクニュースを戦闘行為以外の戦争方法のひとつ=影響工作(Influence Operations)として位置づけて考える必要がある。フェイクニュース(disinformationやmisinformationなども含む)そのものに注目してファクトチェックの徹底やメディア・リテラシー向上を呼びかけてもそれだけでは対抗策にはならない(もちろん必要ではある)。やり方によっては逆効果にもなり得る。このすれ違いが何年も続いていた。

やっと昨年頃からSNS企業や研究者も影響工作という言葉を使い始めた。当然、その対策も従来とは変わってきている。たとえばSNSの代表的企業であるフェイスブック社は、現在コンテンツの内容よりも投稿者の行動に注目して規制をかけている。これはコンテンツ・モデレーションのイメージとは異なるというか、対象はもはやコンテンツではないのである。今回はこうした動きをご紹介したい。

影響工作は安全保障上の重要な課題

今世紀の戦争はハイブリッド戦あるいは超限戦という新しい戦争の形態をとっている。社会のあらゆる要素を武器として戦うことになる。中国の三戦(世論戦、法律戦、心理戦)もその現れだ。2021年6月に公開されたアメリカのシンクタンク大西洋評議会のレポート「The Case for a Comprehensive Approach 2.0」やNATOサイバー防衛協力センター(NATO CCDCOE)の「Cyber Threats and NATO 2030」では、影響工作が重要な課題のひとつになっていることを指摘していた。

2021年4月21日のBusiness Insiderは、で、中南米で進んでいるロシアと中国の影響工作に対抗するためにアメリカが軍の影響工作部隊を投入したことを報じている。

だが、サイバー空間における影響工作はSNSという民間企業が管理している中で起きており、直接軍や安全保障関連組織が介入するのは難しい。そしてSNS企業の多くは問題を矮小化し、フェイクニュース対策として「コンテンツ・モデレーション」を中心に据えてきた。この矮小化は安全保障および利用者の権利保護や社会的影響のふたつの面で大きな問題だったが、今回は主として安全保障に焦点を当てる。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)など著作多数。X(旧ツイッター)

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