コラム

日本で「ツタンカーメンのエンドウ」が広まった理由、調べました

2019年05月22日(水)19時20分

ツタンカーメンのエンドウのサヤ(筆者提供)

<1922年にツタンカーメンの墓から発掘されたエンドウ(豆)の種子が発芽し、日本で今、そのエンドウが広く栽培されている――という話がある。これは果たして本当なのか。日本のメディアも罪深い>

去年10月に庭に植えたエンドウ(豆)が成長し、3月末からときおり収穫しては家で豆料理を作って楽しんでいた。今回はその顛末。

私がカイロに住んでいた2001年のこと。たまたまNHKラジオから出演依頼があり、「ツタンカーメンのエンドウ」について訊きたいといってきた。何でも、1922年、英国の考古学者ハワード・カーターがエジプトでツタンカーメンの墓を発掘したとき、副葬品だかでエンドウの種子が発見されたんだそうだ。

その後、それが発芽し、成長して、どんどん増えていき、今では多くの日本人がそのエンドウを育てて楽しんでいるのだという。わが家の庭に植えていたエンドウというのは実はそのツタンカーメンのエンドウなのである。

豆は順調に成長し、今年1月には青や紫の可憐な花を咲かせ、3月末ぐらいからは豆を収穫できるようになった。ふつうエンドウといえば、緑色のサヤだが、このツタンカーメンのエンドウのサヤは紫色である(ただし、中身の豆は緑)。収穫した豆は豆ごはん、スープなどでおいしくいただきました。

hosaka190522endomame-2.jpg

ツタンカーメンのエンドウの花(筆者提供)

インターネットで検索してみると、実に多くの日本人がツタンカーメンのエンドウを育て、その栽培日記を楽しそうにつけているのに驚かされる。何しろ3000年以上前の墓から出た種が発芽したという触れ込みである。まさに古代エジプトの世界を追体験するようなロマンを感じさせる話ではないか。

実際、こうした栽培日記からは、多くの日本人が単に豆を育てて食べるだけでなく、遥か昔、遠く離れた古代エジプトに思いをはせているさまが読み取れる。先日もNHKでツタンカーメンの特集をやっていたが、つくづく日本人は古代エジプトが好きなんだなあと、あらためて納得してしまった。

実はNHKから依頼がくる直前、単なる偶然だろうが、アラビア語日刊紙のシャルクルアウサトが「日本人はツタンカーメンのエンドウ(バーズラーァ)を食べる」と報じていた。タイトルからも想像できるとおり、記事は、何で日本人はそんなもの食べてるんだ、というトーンであった。実際、当時、周りにいたエジプト人に聞いてみても、誰一人ツタンカーメンのエンドウを知らなかったのだ。

さて、もし、この記事を読んでいるかたで、古代エジプトのロマンを求めて、実際にツタンカーメンのエンドウを栽培している人がいらっしゃれば、ここから先は読まないほうがいい。かなり身も蓋もない話をします。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授等を経て、現職。早稲田大学客員教授を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

第1四半期の中国スマホ販売、アップル19%減、ファ

ビジネス

英財政赤字、昨年度は公式予測上回る スナク政権に痛

ビジネス

ユーロ圏総合PMI、4月速報値は51.4に急上昇 

ワールド

独、スパイ容疑で極右政党欧州議員スタッフ逮捕 中国
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバイを襲った大洪水の爪痕

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    冥王星の地表にある「巨大なハート」...科学者を悩ま…

  • 9

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 7

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story