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焦点:米関税免除の代償に苦しむ韓国鉄鋼界、日本と明暗

2018年09月22日(土)09時02分

 9月13日、韓国で大きな外交的成果として当初歓迎された米国による鉄鋼輸入関税免除は、今ではその代わりに導入された輸入数量を制限するクオータ制がネックとなり、一部の鉄鋼メーカーの生産能力が半減するまでに追い込まれている。写真は、イリノイ州のスチールコイル倉庫で貿易について演説するトランプ米大統領。7月撮影(2018年 ロイター/Joshua Roberts)

Jane Chung and Yuka Obayashi

[ソウル/東京 13日 ロイター] - 韓国で大きな外交的成果として当初歓迎された米国による鉄鋼輸入関税免除は、今ではその代わりに導入された輸入数量を制限するクオータ制がネックとなり、一部の鉄鋼メーカーの生産能力が半減するまでに追い込まれている。

事情に詳しい複数の人物によると、生産ラインは休眠状態だという。その一方で、日本の鉄鋼メーカーは、25%の米関税に直面しているにもかかわらず、鋼管の対米輸出を拡大している。日本勢は、石油高で増産傾向にある米国の石油業者などに、高性能な掘削鋼管などを提供しているが、地元企業による代替は難しいと言われる。韓国企業の製品ではそうはいかない。

韓国は3月、米鉄鋼関税の適用対象から除外された最初の国となった。自国の鉄鋼メーカーにとって3番目に大きな輸出市場である米国に、無関税で継続的なアクセスが可能なはずだった。

ネクスチールやヒュースチール<005010.KS>、世亜製鋼<003030.KS>といった特殊鋼管メーカーにとって追い風となるはずが、逆風に変わった。前年から3分の1近く減った今年の輸入割当枠は、5月までにすでにほぼ使い切ってしまった。その結果、ネクスチールとヒュースチールは、来年分の出荷を開始できる10月と11月までそれぞれ工場稼働率の引き下げを余儀なくされている。

世亜製鋼など一部メーカーは、割当枠を逃れるため、米国にある小規模な生産拠点への投資を増やすことを検討している。米商務省によると、日本製の鋼管製品の輸入量が今年1─7月に、前年比50%近く増加した一方、韓国製品のそれは18%減少した。

「もし米国が(通商政策で)メキシコとカナダに強硬な態度を取らなければ、韓国からの輸入はお荷物になりかねない。そうなれば、輸入割当枠が削減される可能性がある」と、通商法が専門である梨花女子大学のWonmog Choi教授は指摘。「板ばさみになっているということを、われわれは認識すべきだ」

ただ、鉄鋼の輸出量全体で見ると、韓国は日本を凌駕(りょうが)している。米データによると、制限枠があるとはいえ、韓国は今年、263万トンの鉄鋼を米国に輸出することが可能であり、これは日本の昨年の対米輸出量173万トンをはるかに上回る。

韓国鉄鋼大手のポスコ <005490.KS>や現代製鉄<004020.KS>は、米国での売上高が全体の5%に満たないため、輸入割当枠の影響をあまり受けてはいない。一方、両社に比べて小規模なヒュースチールやネクスチール、世亜製鋼といった企業にとって米国市場はきわめて重要であり、輸出先の7割を占めている。

<米国に移転>

トランプ大統領は8月29日、鉄鋼とアルミ輸入の割当枠の適用対象から韓国を含む一部の国を除外する文書に署名。米商務省は「米国の鉄鋼・アルミ生産業者から入手できる製品の量や質が不十分な場合、企業は当該製品の適用除外を申請できる」とし、「そういうケースの場合、割当枠の適用が免除される可能性があり、そうなれば関税を支払う必要はない」と説明した。

しかし米国に活動拠点のない輸出企業は、免除を直接申請することはできない。米国の取引先を通じて輸入増を求めることしかできず、プロセスはより複雑で時間を要する。

ある鋼管メーカーの社員はロイターに対し、5つある工場のうち1つを今年後半まで停止すると話す。

「わが社の工場の稼働率は、ほぼ半分まで低下した」と、この社員は匿名で語った。輸入割当枠を回避するため、工場の1つか2つを米国に移転することを検討しているという。

また、世亜製鋼の社員は匿名で「米国に工場が2つあるため、輸入割当枠の影響をそれほどひどく受けてはいない。中長期的には、米国での生産能力を拡大することを検討している」と話した。

<インドへの道>

公式統計に基づくIHSマークイットとグローバル・トレード・アトラスのデータを使用した米商務省の国際貿易局(ITA)のウェブサイトによると、日本の米国向け鋼管製品の輸出額は今年1─7月、前年同期比で84%増の1億9000万ドル(約210億円)に上った。

一方、韓国の輸出額は8億3100万ドルだが、伸び率はわずか2.6%にすぎない。

世亜製鋼のように、日本の大手鉄鋼メーカーは米国内にも生産拠点があり、輸入関税による打撃を和らげる効果を果たしている。

新日鉄住金<5401.T>の宮本勝弘副社長は、「米国に710万トンの鉄鋼生産能力を持っており、米国への輸出は昨年度60万トン程度なので、規模が全然違う」とし、日本からの輸出減に伴うマイナスに比べ、同社の米国拠点が享受している米鉄鋼市況の上昇による恩恵の方が大きいと指摘した。

だが、鉄鋼全体量としては対米輸出がそれぞれ減少傾向にある中、日韓両国はインドのような成長市場への輸出を増加させている。世界的な貿易摩擦に対する懸念を背景に強含む海外鉄鋼市況の恩恵を得ようとしているためで、新規顧客の開拓にも励んでいる。

相場が上昇したことで、一部の韓国メーカーは輸入割当枠に対する失望感を一段と強めており、関税対象になっていた方がまだよかったと考えている。

「輸出量は制限されている。韓国が輸出を続けられていたなら、価格上昇がその影響を埋め合わせてくれていただろう。たとえ関税がかけられたとしても、その方がましだったかもしれない」と、韓国産業研究院(KIET)のLee Jae-yoon氏は語った。

(翻訳:伊藤典子 編集:下郡美紀)

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