核抑止力をもっても日本は守れない
5月25日、北朝鮮が過去3年で2回目となる核実験を行った後、産経新聞はこう報じた。日本は北朝鮮のミサイルの射程内にあるという理由から、「生殺与奪の権」を握られている。政治家の反応も、4月にミサイル発射が行われたときと同じパターンだ。北朝鮮の核開発を止める力を日本がもたないからこうなる、と一斉に嘆く。
注目すべきなのは、日本の保守派がまたもや、日米同盟やアメリカの核の傘があたかも存在しないかのように振る舞っている点だ。保守派の態度は、核の傘を軽視してどんどん傲慢になっている。
現在、保守派のスタンダードな主張はこうだ――北朝鮮の脅威を誇張する一方でアメリカの対応能力を矮小化し、恐怖と疑念の連鎖を蔓延させよう――。アメリカの巨大な核抑止力が、北朝鮮の取るに足らない微量の兵器に対して本当に無力だとでもいうのだろうか。北朝鮮は、アメリカの先制攻撃を抑止できるかもしれない。だが一方でアメリカには、北朝鮮が日本に対して自己破滅的な攻撃を仕掛けるの止めさせる抑止力もない、というのだろうか。
■追い詰めれば捨て身の行動を誘発する
もちろん、北朝鮮が失うものは何もないという窮地にまで追い込まれたときには、日本の方角にノドンミサイルを飛ばすをアメリカも止められなくなるかもしれない。
だからこそ、保守派の反応は愚の骨頂なのだ。金正日(キム・ジョンイル)体制を存亡の危機にさらすのは、北朝鮮を抑止不能に追い込むいちばんの方法だ。周辺国はむしろ、北朝鮮を崖っぷちから呼び戻し、自殺行為を思い止まるよう説き伏せる責任がある。
多国間協議の目的は、北朝鮮の自殺を食い止め、金正日体制が崩壊したときに備えた計画を練り、北朝鮮を次第に(たどたどしくても)外に向って開放させるための時間稼ぎをすることだ。
能力と力は違う。アメリカには、北朝鮮が日本を攻撃するのを防ぐ能力がある。だが残念ながら、北朝鮮に対する強制力がない。アメリカは北朝鮮の体制変換を実現する力をもたず、北朝鮮に圧力をかけるのに中国に頼っている。こんな状態では、米政府には核抑止力以外の力はほとんどない。日本が多少の核兵器をもったとしても、北朝鮮に対する強制力はアメリカよりはるかに劣るだろう。
アメリカが最強の核軍事力をもってしても日本の安全を保障できないとしたら、日本の核抑止力で何ができるだろう。問題はアメリカの能力ではなくやる気だ、という日本の保守派の主張もわかる。だが、日本を守ろうとするアメリカのやる気が、日本が自ら核武装せざるをえないところまで低下しているとは思えない。日本の国民も、核武装が必要とは思っていないはずだ。
新・駐日米大使ルースに落胆する愚
ホワイトハウスはまだ正式に発表していないが、オバマ政権は次期駐日大使に、シリコンバレーの企業弁護士で大統領選では陣営の資金調達に一役買ったジョン・ルースを選んだと報じられている。
この人選に関し、日本側にはあからさまな落胆も見える。産経新聞の古森義久ワシントン駐在編集特別委員は自身のブログで、過去の大使の功績を並べたうえで、ルースの功績は「選挙での資金集め」だけだと結論付けている。もちろん、ユタ州のジョン・ハンツマン知事の中国駐在大使への登用と比べて、物足りないと評するのも忘れていない。
問題なのは日本のメディアがフライングで誤報を流したことだ。朝日新聞がオバマの対アジア政策を予測するなかで、まだ大統領就任前だったにもかかわらず、ジョセフ・ナイ元国防次官補が駐日大使になると決めつけたことを思い出して欲しい。日本の関係者が落胆するのは勝手だが、その責任は先走って「ナイ大使内定」を報じた新聞にあるのではないか。
■中国大使との比較はナンセンス
ではルースはどうなのだろうか? これは特筆すべきニュースでも、日本への面当てでもない。いたって普通の人選だ。日本の外交関係者は同盟関係が揺らいでいるとか危機に陥っていると言って心配しているが、オバマ政権はそう思っていない。どんな同盟関係にも問題はあり、日米同盟が他の同盟関係よりも深刻な危機にあるわけではない、と見ているようだ。中国駐在大使の人選と比較するのは間違っている。
大使の人選は政権から見た外交相手のランク付けを反映しているのではない。相手国との間に横たわる問題の大きさを反映している。中国語に堪能で外交経験豊かなハンツマンを中国駐在大使に登用したのは、そういう人物が必要だからだ。中国を国際社会の「責任ある利害関係者」として行動するよう促すためには、この国で十分な影響力がある人材が必要だ。
日米同盟にそれだけの人物を必要とする懸案事項はあるだろうか? ハーバードの教授かまたは日本語に堪能な人物でなければ、新潟から日本海を見据えることはできないのだろうか? またナイが大使になれば米軍再編が促進されて普天間基地の移設問題が解決するだろうか? ルースはナイより良いのか悪いのか?
何が本当に問題かのかを考慮せずにルースの人選を日本への侮辱と解釈するのは早計だ。
私はルースに期待している。すぐに多くを学ぶだろうし、部下には第一級の日本専門家もいる。日米関係のかなりの部分を国防省と在日米軍が掌握しているので、ルースの負担は他国への大使より軽いだろう。そして大きな危機に直面したら、オバマに直接ものが言える人物だ。
■アメリカ依存の同盟が不安を生む
日本側の不安は、結局は偏った依存関係の産物だ。日本にとっての日米同盟の重要性を考えれば、政府関係者がワシントンの発信する些細な信号にも不安を感じるのは仕方がない。しかしルースの人選は、日本がないがしろにされているというより、日本がアメリカにとって懸案事項ではなくなったと見るべきだ。有能な調整役が大使になる必要がないと。だからオバマ政権があたかも「善意の無視政策」をとっているように見える。
この傾向は間違いなく今後もしばらく続く。防衛予算が削られるなかで日本の米軍への依存は変わらないだろう。あるいは今以上に増すかもしれない。多くの外交問題を抱えるアメリカ政府は、同盟関係の修繕より問題の解決を優先する。そして日本は、アメリカの外交問題の解決にどう貢献できるかという点で評価されるだろう。
今回の騒動はアメリカ政府にとっても教訓となった。大使の政治的な人選はやめるべきだ(または政治的な人選が3割を超える現状を改善すべきだ)。アメリカの同盟国も、派遣される大使の質で自国の価値を計る程に落ちぶれるべきではない。大使はできれば現地語の知識や当該国での勤務経験がある外交官の職務とすべきだ。アメリカの外交力を向上させるのは、そんな極めてシンプルな考え方である。
鳩山が勝てない「お坊ちゃま戦争」
民主党は新しい代表に鳩山由紀夫を選んだ。この選択を民主党は後悔することになるかもしれない。
前代表の小沢一郎の「操り人形」云々というのが理由ではない。問題は鳩山由紀夫という政治家のキャラクターだ。
鳩山由紀夫と弟の邦夫(知ってのとおり、今は麻生内閣の総務相を務めている)が中心になって、現在の民主党の前身となる旧民主党を結成したのは1996年。兄弟は所属していた新党さきがけ(由紀夫)と新進党(邦夫)を離党して、民主党をつくった。
当時、民主党は「兄弟私党」としばしば揶揄された。そのイメージに拍車をかけたのが兄弟の母親の存在だった。鳩山兄弟はいい大人になっても「母親がこう言った」だの「母親が反対した」だのとしきりに口にしていた。鳩山が弟との新党結成に踏み切る上で母親に強く背中を押されたことは、よく知られている。
民主党誕生の過程では、鳩山の不手際も目立った。新党の結成を早まって発表した件では、さきがけ代表の武村正義の反感を買い、ごたごたの原因を招いた。
大昔の話? いや、そうとは言い切れない。このエピソードが浮き彫りにする鳩山のキャラクターを考えると、民主党のリーダー、さらには(次の選挙で民主党が勝てば)日本の首相の役割が務まるのか不安を感じずにいられない。
政治の世界に入って以来、鳩山は強いリーダーシップを発揮するというより、ある種の弱さを見せ続けてきた。その点で小沢とは対照的だ。ぶっきらぼうな小沢の尻拭いをする補佐役としては、こういうキャラクターの鳩山が最適任だったのかもしれない。しかしそれが党首として、首相としてふさわしい資質なのかは疑わしい。
首相になれば、鳩山は党内の結束を維持し、連立政権を組む小政党をうまく扱い、頑固な官僚たちに言うことを聞かせなくてはならない。豪腕小沢をもってしても簡単な仕事ではない。鳩山にその役割が務まるだろうか。
それ以上に見過ごせないのは、鳩山が名門政治一家の「プリンス」だということだ。鳩山が民主党の代表に就任したことで、次の総選挙を、半世紀以上前に鳩山と麻生の祖父の間で戦われた政治闘争の「再選」と位置付ける向きも多い。
鳩山由紀夫の祖父は鳩山一郎、麻生太郎の祖父は吉田茂。この2人の政治家は、第2次大戦直後の日本の保守政界の主導権をめぐり激しく対立した。その孫同士がいま首相の座を懸けて争うという図式は、確かにドラマチックだ。
しかし私が思うに、プリンスをリーダーに据えることで失うものは、自民党より民主党のほうが大きい。自民党の強みは、過去半世紀以上にわたり国を統治してきたおかげで国民の期待値が下がっていること。元々それほど期待されていないので、よほどひどいことをしない限り、スキャンダルや失敗があっても新たに大きな傷を負わずに切り抜けられる。
そうした恩恵は、新しい政治勢力である民主党には与えられない。改革派を標榜する民主党が国民との約束を守れなければ、自民党以上に大きな痛手を被る。
有権者のほとんどは、鳩山が代表に就任したというだけの理由で民主党に愛想を尽かしたりはしないかもしれない。しかしわずかな票の行方が選挙後の勢力図を大きく左右することもありうる。少数の有権者の行動次第で、民主党が衆議院の議席の過半数を制することができなかったり、第1党の座を逃したりする可能性もある。
ここで、鳩山のキャラクターと経歴が大きな意味を持つ。名門政治一家の御曹司2人の二者択一の状況で、片方は目立つことにより政界で頭角を現し、首相としてまずまずの仕事をしてきた人物。もう片方は、ほかの政治家と比べて影が薄い印象が否めない人物。有権者はどちらのプリンスを選びたいだろうか。
民主党が押し立てる指導者の資質が問題なのは、自民党の戦術が変わったためでもある。07年の参院選で大敗して以降、自民党は憲法改正などのイデオロギーより、選挙に勝てる政策を重んじるようになった。具体的には、不景気と戦う政党というイメージを前面に押し出そうとしている。
これまでも麻生は、小泉政権が推し進めた構造改革の見直しに前向きな姿勢を見せてきた。「(小泉構造改革の痛みに)対応するためには、痛み止めがいったり、輸血がいる」と、5月15日にも述べている。
自民党がこうした戦術に転換している以上、民主党としては単に自民党の「弱者切り捨て」を批判するだけでは選挙に勝てない。民主党に必要なのは、小泉純一郎を首相の座に押し上げ、絶大な人気を維持させ続けた「目に見えない何か」だ。
鳩山新代表がその「何か」を持っていないのは明らかだし、その点では鳩山と代表の座を戦った岡田克也も同じだ。民主党にそれを持っている人材がいるとすれば、おそらく小沢だった。
こうして、またしても「ふたを開けてみれば自民党」というシナリオが現実味を帯びてくる。景気刺激策をいくつか実行し、「民主党政権」への不安論を煽り、あとは野党陣営の迫力不足と足並みの乱れに助けられ、そしてちょっとした幸運に恵まれれば、結局は自民党が選挙に勝って政権を握り続けないとも限らない。
次の総選挙で自民党が勝つと、いま断言するつもりはない。選挙までの間に何が起きるか分からない。民主党が大躍進する可能性はまだ十分に残されている。
しかし鳩山をトップにいただく民主党は、あまりに見栄えがしない。死に物狂いで政権を維持しようとする自民党と戦うには、あまりに頼りない。「民主党には政権担当能力がない」という自民党や自民党寄りのメディアのおなじみの批判をはね返すには、あまりに弱々しく見える。
(C) photograph by Yuriko Nakao-Reuters
民主党の「円ナショナリズム」という火遊び
民主党の「次の内閣」(影の内閣)で財務相を担当する中川正春衆院議員の発言がマーケットを揺るがしている。
5月12日付の英BBCの報道によると中川は、民主党主導の新政権が誕生すれば「円建て(の米国債)は購入するが、ドル建てでは購入しない」と発言したという(このBBCの記事が日本の政権与党を自民党ではなく「自由党」と誤記しているのはいただけないが)。
民主党の幹部がドルの安全性に不安を表明した――この報道に外国為替市場は敏感に反応し、相場では円高・ドル安が進行した。
次の総選挙で民主党政権が誕生する可能性は小さいと、この記事でBBCは指摘している。しかしそう決め付けるのはまだ早い。小沢一郎代表の政治資金スキャンダルで民主党が大きな痛手を被ったのは事実だが、政権交代の可能性が消えたわけではない。
しかも、中川と同じようなニュアンスの発言は現政権の主要閣僚からも飛び出している。与謝野馨財務・金融・経済財政担当相は5月3日、東南アジア諸国連合(ASEAN)プラス3(日中韓)財務相会合で、ASEAN諸国に最大6兆円規模の円資金を緊急供給する支援策を約束した。具体的には、日本政府が保有するドルを円に換えて融資することになる。
現実問題として、これほど大量のドルを日本政府が売却できるかは疑わしい。しかし中川や与謝野の発言からうかがえるように、政府が大量のドルとドル建て米国債を保有していることに日本の政治指導者が懸念を募らせ始めたことは確かなようだ。
いま日本の政治指導者がとりわけ神経を尖らせているのは、中国の動向だろう。世界で最も大量の米国債を引き受けているのは日本と中国。両国ともに、ドル建て米国債から逃避するとき相手に遅れを取りたくないはずだ。
この問題で日本と中国は深刻なジレンマに直面している。米国債の引き受けを拒めば、アメリカの景気回復の足を引っ張り、自国の経済にも悪影響が及びかねない。しかしそうかといって、大量の米国債を購入し続けた揚げ句、アメリカの放漫財政のツケを払わされるのは避けたい。
アメリカが債務負担軽減のために低金利政策を推し進める結果としてドル安が進行したり、極端な場合は債務の返済不能に陥ったりすれば、米国債(特にドル建ての米国債)を大量に保有する日本と中国は大打撃を被る。アメリカ政府の台所事情の厳しさを考えれば不安は拭えない。
では、中川が言うように、民主党主導の政権が誕生すれば、ドル建て米国債の引き受けを本当に拒否するのか。中国政府に先んじて思い切った行動に出るのか。
中川の発言を額面どおりに受け取るべきではないと、私は思う。その大きな理由は、民主党がアメリカを敵役に仕立てて大衆のナショナリズムに訴えかける戦略を実践している面があることだ。野党のうちはともかく、実際に政権を担当したとき、それまでに言ったことをすべて守るとは限らない。
それに、中川の発言が果たして党の方針を代弁したものなのかという問題もある。民主党と組んで政権交代を目指す国民新党の亀井静香代表代行は5月13日、新しい政権が誕生しても米国債を積極的に購入し続けると米高官に約束したと記者会見で語った。亀井の言葉がそのまま「新政権」の方針というわけではないだろうが、中川発言の重みが弱まったことは確かだ。
それでも、民主党のやっていることが危ない火遊びである可能性は否定できない。アメリカとの関係はもとより、中国との関係も緊迫しかねない。中国は、ドル建て米国債からの脱出競争で日本に先を越されはしないかと目を光らせているはずだ。
この一件で分かったことは、日本の政界でナショナリズムが自民党保守派の専売特許ではないということだ。民主党の中川正春が主張する「円の国際化」(国際通貨としての円の地位強化)が、自民党の中川昭一前財務・金融担当相の持論である日本核武装論に比べてナショナリスティックでないと言えるだろうか。
(C) photograph by Mark Blinch-Reuters
小沢一郎の辞任は民主党にとっていいことづくめ
小沢一郎はついに、己の政治生命のために戦うことに疲れたようだ。
小沢はこの数週間、死線をさまよい続けてきた。自ら率いる民主党員から、代表を辞任するかさもなくば公設第一秘書が違法献金疑惑で起訴されていることについて明確な説明をせよと迫られた挙げ句、ついに辞任を決断した。ただし議員辞職をするつもりはなく、補正予算案の衆院審議後速やかに党の後継を選ぶ代表選挙を実施するよう呼びかけた。
産経新聞は、小沢が今になって辞めることが民主党にどんなダメージをもたらすかについて分析した。だが全体的に見て、これで民主党が損をするとは思えない。短期的にはよくない影響もあるかもしれない。民主党執行部は、これまで小沢をかばってきたことでメディアに叩かれることになるだろう。だがそう遠くない将来、小沢の後任候補が名乗り出て、変革の党として総選挙を戦おうという民主党らしい顔が出てくれば、古い政治のイメージである小沢の顔はたちまち忘れ去られるだろう。総選挙は7月以降とみられているだけに、民主党の新指導者(下馬評では岡田克也副代表)は、選挙戦が始まるまでに小沢が残した汚点を消し去ってクリーンさを前面に出すための時間も十分にある。
一方、自民党と公明党は小沢のスキャンダルという追い風を失った。今はまた、選挙までに経済が何とか回復の兆しを見せてくれることだけが頼りだ。小沢が辞任してしまったことで、自民党は、彼の「無責任」な政策が日米同盟と日本の安全保障を脅かす、という批判もできなくなった。
民主党が小沢を長くかばいすぎた可能性は捨てきれない。だが仮に遅すぎたとしても、ずっと辞めないよりはよかっただろう。
(C) photograph by Issei Kato-Reuters

