コラム

中川昭一の死と自民タカ派の落日

2009年10月05日(月)18時02分

 10月4日朝、麻生前政権で財務・金融相を務めた自民党の中川昭一が東京・世田谷区内の自宅の寝室で死亡しているのが発見された。知ってのとおり、中川は2月の先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)の記者会見での醜態がきっかけで、閣僚を辞任。8月の総選挙で落選していた。

 中川の死のタイミングは、ある意味で極めて象徴的だ。約1週間前の9月28日、自民党は麻生太郎前首相に代わるリーダーを選ぶ総裁選を行い、谷垣禎一元財務相を大差で選出した。

 ハト派の谷垣を新しいリーダーに選ぶことによって、自民党の国会議員と党員は、党のここ最近の傾向にお墨付きを与えたと言っていいだろう。冷戦終焉後、自民党内では安倍晋三元首相や中川のようなタカ派がおおむね主導権を握っていたが、ここにきて勢力図に決定的な変化が現れていた。昔の自民党がそうだったように、平等と「所得倍増」を優先させる勢力が復権し始めていたのだ。

 保守イデオロギーを掲げる自民党の一派に、一時期のような影響力はない。安倍首相(当時)の下で臨んだ07年7月の参院選で自民党は大敗し、安倍は辞職した。後任には福田康夫が就いたが、保守派は福田を引きずり降ろし、同志の麻生太郎を新しいリーダーに据えた(保守派の実力者だった中川も主要閣僚として入閣した)。ところが世界金融危機で日本の経済が大打撃を被り、保守派の主張は相手にされなくなった。

■有権者が突きつけた「ノー」

 この事実に、保守派はまだ気付いていない。安倍は自身が再び檜舞台に立つ日が来るといまだに思っているようだし、麻生は最近、鳩山政権について「いずれ破綻するだろう」と述べたという。

 しかし鳩山政権がどうなるにせよ、自民党の保守派が主導権を失ったことに変わりはない。新総裁の足を引っ張るのが関の山で、自民党を政権奪還に導くことはできない。

 07年の参院選と今回の総選挙で日本の有権者は、何を政府に求めているかはっきり意思表示をした。有権者が望んでいるのは、年金政策などを通じて政府が国民の経済的不安定を和らげることだ。ところが保守派は経済政策に関してほとんど主張がない。国防や外交、「道徳」教育、憲法改正など、保守派が掲げる政策に対する国民の関心は極めて薄い。

 中川の死は、自民党の保守派主導の時代の終わりを告げる象徴的な出来事と言えるかもしれない。

 とはいえ、G7の件で嘲笑を浴びてきた中川をこれ以上物笑いの種にすべきでない。失意の結末を迎えるのは政治家の宿命かもしれないが、中川の政治家としての死と人間としての死を招いた最大の要因がこの人物の極めて人間臭い一面にあったとすれば、それはあまりに悲劇的だ。

 私はこれまで中川の政治的主張に肯定的な発言をほとんどしてこなかったが、死を悼む気持ちは政治的評価とは関係ない。中川昭一のご冥福を心よりお祈りする。

[日本時間2009年10月4日12時04分更新]

プロフィール

トバイアス・ハリス

日本政治・東アジア研究者。06年〜07年まで民主党の浅尾慶一郎参院議員の私設秘書を務め、現在マサチューセッツ工科大学博士課程。日本政治や日米関係を中心に、ブログObserving Japanを執筆。ウォールストリート・ジャーナル紙(アジア版)やファー・イースタン・エコノミック・レビュー誌にも寄稿する気鋭の日本政治ウォッチャー。

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