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アルジェリア発のフランス文学

2009年11月18日(水)18時57分

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 先週、ヤスミナ・カドラという作家が来日した。フランス在住のアルジェリア人で、
ほぼ毎年新作を出してはベストセラーとなる、人気作家だ。日本で紹介されたのは、
ターリバーン政権下のアフガニスタンで狂気の淵に追い詰められる知識人夫婦を描い
た「カブールの燕たち」が2007年に出版されたのが最初で、その直後には妻の自
爆事件を追うパレスチナ人医師を描いた「テロル」も翻訳されて、話題を呼んだ。

 アラブ人が現代のアラブ・中東世界を描いた小説が、商業ベースで翻訳出版されるな
ど、これまではまれなことだった。もちろん、エジプトのノーベル賞作家ナギーブ・
マフフーズや、パレスチナ抵抗作家のガッサン・カナファーニーなど、アラブ文学に
は優れた作品は多い。だが、アラブ文学が出版されるのは、たいてい「アジア、アフ
リカの知られざる文学を紹介する」という枠組みにおいてだ。出版業界のなかでは、
インディー扱いだ。

 その意味で、カドラ作品が大手の早川書房から出版されたことに、私はまず驚いた。
アラブ文学というよりフランス文学という位置づけなので、当然「アリ」なのだが、
現代アラブ、イスラーム世界を描いた作品が、普通の本屋に平積みになるなんて、画
期的なことだなあと、思わず感動してしまったのである。

 さて、そのカドラ氏の来日にあたり、お目にかかる機会に恵まれた。ヤスミナ・カドラというアラビア語の名前、そのまま訳すと「緑のジャスミン」という、実に美しい意味になる。女性の名前だが、実は本人は、むくつけき(失礼!)軍人出身のオジサン。アルジェリア軍勤務時代、検閲に辟易して、女性のペンネームを使うようになったとのことだ。

 氏と話していて印象的だったのは、「テロル」や「カブールの燕たち」といった政治的テーマを扱ったのが、「アラブ人として書かなければという使命感に駆られたから」だった、と述べていたことである。祖国アルジェリアを離れてフランスに移住した2001年という年に、あの9-11が起きる。アフガニスタンを「遅れた、野蛮な世界」とみなし、徹底的な空爆をしてもそこで失われる人々の命の重みなど一顧だにしない。パレスチナでイスラエルに「自爆」を仕掛けるものは全て狂信的なテロリストだ----。

 そんな偏見が欧米社会に蔓延するなかで、カドラ氏の作品は、そこに生きているのは真っ当な近代理性を持った同じ人間だ、と主張する。最近翻訳出版されたばかりの「昼が夜に負うもの」は、フランス植民地時代から独立戦争を描いたアルジェリア現代史を巡る大河ドラマだが、そこでもまた「西欧と敵対するアラブ世界」との通り一遍の見方を覆して、ユダヤ人やアルジェリア出身のフランス人たちとの子供時代からの友情を描いている。

 カドラ氏に続いて、もっとアラブ出身の作家が日本でも翻訳されるようになると、面
白いのだけれどなあ。

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COLUMNIST PROFILE

酒井啓子

酒井啓子

東京外国語大学大学院教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク 戦争と占領』『イラクはどこへ行くのか』『イラクは食べる──革命と日常の風景』など。