コラム

巨乳レストラン「フーターズ」の社長が皿洗いとして自社の店に潜入!

2010年02月18日(木)11時14分

「アンダーカバー・コップ」というと身分を隠して潜入捜査する警察官のことだが、米CBSテレビの『アンダーカバー・ボス』は、大企業のCEOが自社の末端の労働者として仕事の現場に潜入する番組。

 たとえば全米のゴミ処理を独占するWM(ウェイスト・マネージメント)社のCEOがゴミ回収の仕事に就く。周囲は彼が社長だとは知らない。テレビカメラは撮り続けているが単なる取材だと言われている。だからゴミ回収車のドライバーが本社のCEOを「このオッサン、いい歳して全然使い物にならないな!」と怒鳴りつけたりする。ボスは初めて社員の苦しみ、生活の厳しさを知り、待遇改善の必要を感じたりする。

 先週の「アンダーカバー・ボス」はフーターズの社長コビー・ブルックスだった。フーターズは巨乳レストラン・チェーンだ。ウェイトレスはみな巨乳、それがピチピチのタンクトップとホットパンツでむちむちぷりんと客を迎える。女の子の乳と尻と太ももと笑顔を見ながらバッファローチキンウィング(手羽揚げ)をつまみに生ビールをぐっとやってオヤジはみんなニコニコという、死ぬほどアメリカンな店だ。タイガー・ウッズがひっかけた女性にもフーターズ・ガールがいたっけな。

 もともとフロリダのローカルな店だったフーターズは1984年、投資家ロバート・ブルックスに買収されてからチェーン展開を始め、今では全米に450店舗の他、中南米、ヨーロッパ、日本以外のアジア各国に支店を広げ、2000年代には航空会社フーターズ・エア(スチュワーデスが巨乳にホットパンツ)やラスベガスにフーターズ・カジノ・ホテルをオープンし、飛ぶ鳥を落とす勢いだった。

 2006年、社長のブルックスが69歳で亡くなると、息子のコビーが後を継いだ。その彼が今回アンダーカバー・ボスになろうと考えたのは、まず金融危機以来、業績が低迷しているからだ。フーターズ・エアは潰れ、ラスベガスのホテルも火の車、各店舗の売り上げも落ちている。ここで現場や顧客の声からヒントを得て打開策を見出したい。

 もうひとつはコビーが社長であることを世間にアピールするためだ。先代社長は死ぬ時、遺書でコビーに資産の30%しか相続させなかった。先代の資産とは主に「フーターズ」の権利だ。そして遺書には同じく30%を先代と21歳下の後妻の間の娘に相続させると書いてあった。娘は現在まだ12歳なので実質的にはその母親が財産を管理する。先代はさらに妻に対して20年間毎年100万ドルを生活費として支払うと遺書に書いていた。つまりコビーは社長とはいえ、継母とその娘よりも会社に対する支配力が弱いのだ。

 コビーは共同経営者になってくれる投資家を探して継母と娘から会社の権利を買収しようとしているが、そのためにも「フーターズ」を実際に運営しているのは自分であることを世間に知らしめる必要があった。

 さて、コビーはスコットという偽名でテキサス州ダラスのフーターズに雇われる。40歳すぎたバスボーイ(皿洗い)として冷たい視線にさらされながら、大量の鳥の手羽を洗い、床を拭き、ゴミと格闘する。しかし労働のキツさよりもずっとショッキングなことが待っていた。

 コビーはフーターズ・ガールと一緒に、昼飯時のビジネス街で割引チケットを通行人に配る。ところが道行く女性たちから浴びせられた言葉は厳しかった。「いやらしいお店でしょ」「恥ずかしくないの?」「女性差別もいいところよ」「自分の娘にはフーターズなんかで働いてほしくないわ」小学生の娘が2人いるコビーは愕然とする。

 さらにコビーはGM(ジェネラル・マネージャー)のセクハラを目撃する。「オレが女どもをしつけるのを見ていろよ」と、GMはフーターズ・ガールを整列させ、舐めまわすように品定め。容姿についてヒドイことを言う。そして浅い皿に豆を入れて「手を使わないで豆を全部食べるんだ」と命じる。クビを恐れて女の子たちは犬のように皿を舐める。それを見ながらグヒグヒと喜ぶGM。たしかにこれでは女性差別と言われてもしかたがない。コビーの目から思わず涙がこぼれる。

「フーターズなんか、ないほうがいいのかも......」会社の存在意義そのものを揺るがされて目の前が真っ暗になったコビーは別の店にも潜入する。そこのGMは女性だった。しかも元フーターズ・ガール。彼女は従業員の辛さを知り、励まし、客のセクハラから守りながら店というチームを引っ張っていく。フーターズのウェイトレスが受け取るチップは平均20%以上(通常は15%)。この高賃金で、大学に行き、子供を育てている女性が大勢いるのだというGMの話を聞いて、コビーは働く女性のための店、という経営方針に目覚めていく。

 最後はコビーがみんなの前で正体を明かし、善人には報いを、悪人には罰を与えるという民話的なオチがつくのだが、日本でもやらないかね? オイラが勤めてた出版社の社長は、編集者がいくら徹夜で働いても翌朝10時に出社しないと給料を引く、編集の現場のことなんかコレっぽちも知らない奴だったからなー。

 でも、この番組でオイラがいちばん驚いたのは、実は、フーターズ本社で制服に支店名を刺繍している場面だった。

 Hooters,Tokyo,Japan.

 えーっ! やっと日本に進出するのー? 聞いてないよー!

プロフィール

町山智浩

カリフォルニア州バークレー在住。コラムニスト・映画評論家。1962年東京生まれ。主な著書に『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』(文芸春秋)など。TBSラジオ『キラ☆キラ』(毎週金曜午後3時)、TOKYO MXテレビ『松嶋×町山 未公開映画を観るテレビ』(毎週日曜午後11時)に出演中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:値上げ続きの高級ブランド、トランプ関税で

ワールド

訂正:トランプ氏、「適切な海域」に原潜2隻配備を命

ビジネス

トランプ氏、雇用統計「不正操作」と主張 労働省統計

ビジネス

労働市場巡る懸念が利下げ支持の理由、FRB高官2人
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    オーランド・ブルームの「血液浄化」報告が物議...マイクロプラスチックを血中から取り除くことは可能なのか?
  • 3
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿がSNSで話題に、母親は嫌がる娘を「無視」して強行
  • 4
    カムチャツカも東日本もスマトラ島沖も──史上最大級…
  • 5
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 6
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    メーガンとキャサリン、それぞれに向けていたエリザ…
  • 9
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 10
    ハムストリングスは「体重」を求めていた...神が「脚…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 3
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 4
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 5
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 6
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 7
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 8
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 9
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 10
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 7
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story