コラム

米国の原油流出で英国の年金が減る?

2010年06月22日(火)14時39分

 「風が吹けば桶屋が儲かる」ということわざが、私は好きです。若者たちがいる場所で、このことわざを披露したところ、誰もこのことわざを聞いたことがなく、己の加齢を思い知ることになった経験もあるのですが、このウェブサイトをご覧の方には、わざわざ解説する必要はないでしょう。

 これは、思いもかけない因果関係が働くという意味ですが、このことわざ自体の因果関係は、笑いをとるためのこじつけです。でも、経済や社会は、思いがけない因果関係によって動いています。北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークで嵐が起こるというたとえも面白いですね。こちらは、むしろ複雑系の話ですが。

 本誌日本版6月23日号は、「メキシコ湾で原油流出が続くと、イギリス人の年金が減る」という因果関係に触れています。

 深刻な事態が続く原油流出。イギリスの国際石油資本BPに対するアメリカ国民の怒りは増すばかり。オバマ政権は、怒りが政権に向かうのを避けるためもあって、BPに対して多額の補償を支払うように求めています。

 こうなると、BPの経営にも深刻な影響が出てきます。本誌の特集記事「深海に賭けたBPとオバマの誤算」によると、昨年BPが株主に払った配当総額は100億ドルに上り、イギリスで支払われた配当全体の約14%を占めたといいます。

 「イギリスではほとんどすべての年金基金にBP株が組み込まれており、国内で1800万人、人口の30%が何らかの形で同社の株式を所有しているといわれる」

 BPは、それほどまでに大きな存在なのですね。原油流出が続けば、BPの支払いは増え、高配当は維持できなくなります。配当金の支払いが減れば、イギリスの年金基金の収入も減りますから、イギリス人への年金支払い額も減ることは明らか。

 この因果関係は、「風が吹けば桶屋が儲かる」よりも明白でしょう。

 こうなると、米英関係にも微妙な影を落としそうですね。アメリカでは「BP憎し」の風潮が広がってBP叩きがエスカレートしています。これをイギリスの一般国民から見れば、「アメリカ人が不当な要求をすることで自分の年金支給額が減る」という思いに駆られかねないからです。

 かくして、「原油流出が続けば、米英関係が悪化する」という因果関係も成立しそうです。

 ここまで読んできた日本の読者にとっては遠い話かも知れませんが、そうとも言っていられません。メキシコ湾のような海底油田の掘削に頼らなければ、世界は原油を確保できない時代が到来しつつあります。メキシコ湾での惨事を教訓に、原油探査や掘削のペースが落ちれば、原油価格高騰になりかねません。

 今年の冬は、「メキシコ湾の原油流出で、日本のガソリン代が値上がり」という因果関係も成立するかも知れないのです。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米企業、来年のインフレ期待上昇 関税の不確実性後退

ワールド

スペイン国防相搭乗機、GPS妨害受ける ロシア飛び

ワールド

米韓、有事の軍作戦統制権移譲巡り進展か 見解共有と

ワールド

中国、「途上国」の地位変更せず WTOの特別待遇放
MAGAZINE
特集:ハーバードが学ぶ日本企業
特集:ハーバードが学ぶ日本企業
2025年9月30日号(9/24発売)

トヨタ、楽天、総合商社、虎屋......名門経営大学院が日本企業を重視する理由

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の小説が世界で爆売れし、英米の文学賞を席巻...「文学界の異変」が起きた本当の理由
  • 2
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 3
    コーチとグッチで明暗 Z世代が変える高級ブランド市場、売上を伸ばす老舗ブランドの戦略は?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    「汚い」「失礼すぎる」飛行機で昼寝から目覚めた女…
  • 6
    筋肉はマシンでは育たない...器械に頼らぬ者だけがた…
  • 7
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 8
    【クイズ】ハーバード大学ではない...アメリカの「大…
  • 9
    カーク暗殺をめぐる陰謀論...MAGA派の「内戦」を煽る…
  • 10
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 1
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 2
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分かった驚きの中身
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 5
    筋肉はマシンでは育たない...器械に頼らぬ者だけがた…
  • 6
    【動画あり】トランプがチャールズ英国王の目の前で…
  • 7
    日本の小説が世界で爆売れし、英米の文学賞を席巻...…
  • 8
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 9
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 10
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 6
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story