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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
オリンパス事件で露呈した「開かれた社会」の中の閉じた日本企業
疑惑に揺れるオリンパスは、東京証券取引所の監理銘柄に指定された。マイケル・ウッドフォード元社長が内部告発してから約1ヶ月で、株価は80%以上下がり、東証は「12月14日までに中間決算の報告書を出さなかった場合には上場廃止とする」と発表した。この事件にはまだわからないことが多いが、日本企業のガバナンス(統治)についての信頼を失墜させたことだけは間違いない。
発端は、今年8月の月刊誌FACTAのスクープだった。それによれば、オリンパスは2008年に産業廃棄物処理や電子レンジ用容器や健康食品という本業と無関係な零細企業を1社200億円以上で買収し、イギリスの医療機器メーカーを株価より40%以上高い2117億円で買収した。おまけにそれを仲介したケイマン諸島の会社に、3割以上の法外な手数料を払っていた。
これを読んだウッドフォード氏が菊川剛会長(当時)などの辞任を求めたところ、逆に取締役会で社長を解任された。これをウッドフォード氏が社外に公表し、オリンパスの第三者委員会が調査した結果、オリンパスは90年代からの「財テクの穴埋め」のために企業買収額を水増ししたことが判明した。菊川氏などの責任者は辞任したが、今に至るも損失額も水増し額も発表していない。
この事件が奇妙なのは、問題の企業買収は、月刊誌が有価証券報告書を取り寄せればわかる公表された事実だったということだ。それなのに監査法人は、買収額を減損処理しただけで、オリンパスの予算に「適正意見」のお墨付きを出した。おそらく監査法人も取締役も異常に気づいていたと思われる。それは会社が設置した第三者委員会が、1週間もたたないうちに不正な処理についての発表を行なったことでも明らかだ。
今回の事件の特徴は、問題を告発したのがイギリス人の前社長だという点である。彼がFACTAを読まなければ、この問題は永遠に闇に葬られ、経営陣は恥をかかずにすみ、オリンパスのブランドは守られただろう。それが会社ぐるみで問題を隠してきた理由だ。一見、ウッドフォード氏がやったことは会社の利益に反するように見える。
しかしオリンパスの株式を保有しているのは、世界の株主である。不正の証拠は公表資料に書かれているのだから、それを取り寄せれば問題はすぐ発見できる。そのとき株主代表訴訟を起こせば、取締役はひとり数十億円の賠償を求められるだろう。そのリスクを避けるために事実を公表したウッドフォード氏の行動は、株式会社の原則から考えると合理的である。
他方、日本人の取締役が問題を先送りしてきたのは、「自分だけが秘密をもらすと地位を失う」というリスクを意識したためと思われる。それは取締役会がウッドフォード氏を全員一致で解任したことでもわかる。つまり個人の訴訟リスクを重視するか、組織の「和」を乱すリスクを重視するかの違いなのだ。この意識が変わらない限り、法律をいくらきびしくしても、今回のような不正をなくすことはできない。
山本七平は、このような周囲に同調する「空気」による意思決定が日本を敗戦に導いたと指摘した。それは問題が身内だけで処理できるときは、ある意味では合理的な行動である。昔の日本企業は粉飾まがいの処理をしても、銀行さえOKすれば会社は存続できた。しかし時価会計で資産評価が公表され、世界中の株主がそれを見ることのできる時代には、社内の「空気」では問題をコントロールできない。つねに「外部の目」を意識しないと、グローバルな資本市場では生きていけないのだ。
日本は今、身内だけでものを決める閉じた社会から、世界のすべての国とつきあう開かれた社会へ移行しようとしている。それは必ずしも愉快なことではないが、資本主義のルールを守らない企業はいずれ市場で淘汰される。TPP(環太平洋パートナーシップ)で農協や医師会に同調してグローバル化を拒否する政治家は、オリンパスの取締役会と同じことをしているのである。当面は問題を先送りすることができても、最終的な破局を防ぐことはできない。
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