コラム

消費税の引き上げはもう先送りできない

2010年05月20日(木)13時03分

 政府・与党の消費税についての議論が迷走している。菅直人財務相や仙谷由人国家戦略担当相は、参院選のマニフェストに消費税の引き上げを明記する方針を示唆しているが、民主党の小沢一郎幹事長は「無駄の削減が先だ」と難色を示し、結論が出ていない。菅氏は「さらに議論が必要だ」としており、時間切れで選挙後に先送りになる可能性も強い。

「無駄の削減」には誰も反対しないので、選挙向けのスローガンとしてはいいのだろうが、それだけで財政は再建できない。今年の事業仕分けでも、対象になっている歳出は2兆円程度で、実際に節約できるのは数千億円とみられている。92兆円を超える歳出の中では、焼け石に水である。避けられない増税をマニフェストに入れないのは、有権者をあざむくものだ。

 日本の財政状況について視察したIMF(国際通貨基金)は19日、声明を発表したが、この中で次のように提言している:


日本経済は循環的な回復局面にあるので、消費税を徐々に上げて財政再建を2011財政年度に開始すべきである。公的債務を安定化して削減の道筋をすけるには、財政支出の抑制も必要である。プライマリーバランス(基礎的収支)と債務に目標を設定し、それにもとづいた財政ルールを採用することは、財政再建へのコミットメントを強めるだろう。 


 IMFが、このような内政干渉とも受け取られかねない提言を先進国に対して行なうのは異例である。欧州の財政危機でも、IMFはギリシャなどへの介入に最初は慎重だったが、ここにきて問題が全世界に波及しかねないため、日本にも強く警告したのだろう。日本の財政危機は日本だけの問題ではなく、まして民主党の選挙対策の問題ではない。小沢氏は、問題の優先順位を取り違えているのではないか。

 こういうとき「選挙で負ける」というのが恥ずかしい政治家が持ち出すのが「不況のとき増税すると景気が悪化する」という言い訳だが、これは嘘である。18日の財政審議会で井堀利宏氏(東大教授)が指摘したように、1997年に消費税率を上げたことで「景気が腰折れした」という俗説は、実証研究では棄却されている。

 97年4~6月期に消費が落ち込んだのは、1~3月期の駆け込み需要の反動で、7~9月期には回復した。98年1~3月期に大きく落ち込んだのは、97年11月の北海道拓殖銀行や山一証券の破綻を発端とする信用不安が主要な原因である。長期的には、増税によって財政が健全化するという信頼感が高まれば、人々が消費を増やす効果もある。

 IMFの声明は、もう一つ不気味な警告をしている。「邦銀が膨大な国債を保有しているため、彼らの金利リスクが高まっており、資本増強と収益力とリスク管理の強化が最優先である」。これは紳士的な表現で、日本国債の暴落するリスクを邦銀が織り込んでいない可能性を指摘したものだ。日銀からゼロ金利で借りて1.3%の国債を買う「ノーリスク」の鞘取りがいつまでも続けられるはずがない。

 日本経済が1997年に似ているのは、問題の先送りが限界に来ているという点だ。当時も邦銀のほとんどが債務超過状態だったが、「まさか大蔵省が銀行をつぶすはずがない」という信仰によって、不良債権の処理を先送りして資産価格の上昇を待っていた。そういう信仰が拓銀・山一の破綻で打ち砕かれると、極端なクレジット・クランチが起こった。

 日本の役所も業界も横並びのコンセンサスで動くので、ぎりぎりまで問題を先送りし、破綻が顕在化したらパニックに陥る傾向が強い。しかし97年の経験でもわかるように、パニックになってから対策をとるのはきわめてむずかしい。火事になってから防火対策をとっても遅いのである。まだ長期金利が安定しているうちに財政再建に着手しないと、今度は銀行だけではなく財政が破綻して、取り返しのつかないことになる。IMFも2011年と期限を切っているように、政府に残された時間は少ない。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

リトアニア首都の空港、気球飛来情報で一時閉鎖 計約

ビジネス

ビットコイン史上最高値更新、12万5000ドルを突

ワールド

ロ、ウクライナに無人機・ミサイル攻撃 ポーランド機

ワールド

トランプ氏のポートランド派兵一時差し止め、オレゴン
MAGAZINE
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
2025年10月 7日号(9/30発売)

投手復帰のシーズンもプレーオフに進出。二刀流の復活劇をアメリカはどう見たか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、Appleはなぜ「未来の素材」の使用をやめたのか?
  • 2
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最悪」の下落リスク
  • 3
    赤ちゃんの「耳」に不思議な特徴...写真をSNS投稿すると「腎臓の検査を」のコメントが、一体なぜ?
  • 4
    更年期を快適に──筋トレで得られる心と体の4大効果
  • 5
    イエスとはいったい何者だったのか?...人類史を二分…
  • 6
    「美しい」けど「気まずい」...ウィリアム皇太子夫妻…
  • 7
    墓場に現れる「青い火の玉」正体が遂に判明...「鬼火…
  • 8
    MITの地球化学者の研究により「地球初の動物」が判明…
  • 9
    一体なぜ? 大谷翔平は台湾ファンに「高校生」と呼ば…
  • 10
    謎のドローン編隊がドイツの重要施設を偵察か──NATO…
  • 1
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 2
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 3
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最悪」の下落リスク
  • 4
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 5
    ウクライナにドローンを送り込むのはロシアだけでは…
  • 6
    赤ちゃんの「耳」に不思議な特徴...写真をSNS投稿す…
  • 7
    こんな場面は子連れ客に気をつかうべき! 母親が「怒…
  • 8
    トイレの外に「覗き魔」がいる...娘の訴えに家を飛び…
  • 9
    MITの地球化学者の研究により「地球初の動物」が判明…
  • 10
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 7
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 10
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story