田所 ちなみに私は、アレクサンダー・スティルさんの論考「啓蒙の終焉?」を読んで、トランプ時代にアメリカの政治が劣化したことへの嘆きに終始していて、なぜそれが相当数のアメリカ人に支持されたのかに関する分析があまり見られないのに、かなり驚きました。彼は私の友人でもあり『ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス』の常連でもある、アメリカ東海岸の有力な知識人の一人ですが、今回の論考は、彼のような優れた人でこうなるのか、これでリベラル派はトランプ主義に対抗できるのかなと疑問に思いましたね。
その意味でスティルさんの論考には、批判的なところもあるのですが、トランプ政権に対するリベラルなエスタブリッシュメントの見方が鮮やかに表れている一篇ではあります。
田所 それでは最後に、特集のタイトルにもなっている疑問をお二人にぶつけて終わります。ずばり、21世紀は新たなアメリカの世紀になるのでしょうか。
待鳥 答えは結局、「多様性の中の統合」という前提がアメリカの中で揺らいでいる現実をどう評価するかにかかっているのでしょう。私も基本的には田所さんのように、アメリカは統合をめぐる危機を何度も乗り越えてきた以上、今度も同じように克服してさらに強靭な国家になるとの読みが強いです。それでも2割くらいは危ないと思っている。
特に気になるのは、先ほども話したリベラル側の差異化の論理です。多様性を尊重するのは結構ですが、国家としてのまとまりを保つには、差異なり多様性なりの拠って立つものがなければなりません。ところがリベラルの議論を聞いていると、その部分が十分詰められていないように感じるのです。それも今までは通用したのでしょうが、この先もそれで大丈夫ですか、という疑問が2割の不安になっています。
小濵 私は待鳥さんよりもやや辛く、アメリカの世紀になる確率は7割5分としておきます。
これから注目すべきは2026年のアメリカ独立250周年でしょう。アメリカ人はアイデンティティの淵源をどうしても独立や建国、憲法に求めますから、周年の大きな区切りに向けて多くの記念イベントが行われるはずです。国家の自画像を再確認するプロセスの中で、間もなく発足するバイデン政権がどのようなメッセージを発し、何を積み重ねていくのか。この点次第で21世紀がアメリカの世紀となる確率も変わってくるのだと思います。
2020.12.4 オンラインにて
当日の様子は以下のダイジェスト動画(03:35)でご覧いただけます。
田所 昌幸(たどころ まさゆき)
慶應義塾大学法学部教授
1956年生まれ。京都大学法学部卒業。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス留学。京都大学大学院法学研究科博士課程中退。博士(法学)。 姫路獨協大学法学部助教授・教授、防衛大学校教授などを経て、現職。著書に『「アメリカ」を超えたドル――金融グローバリゼーションと通貨外交 』(中央公論新社、サントリー学芸賞)、『国際政治経済学』(名古屋大学出版会)、『越境の国際政治――国境を越える人々と国家間関係』(有斐閣)など。
待鳥 聡史(まちどり さとし)
京都大学大学院法学研究科教授
1971年生まれ。京都大学法学部卒業。京都大学大学院法学研究科博士後期課程 中途退学。 博士(法学)。大阪大学助教授などを経て、現職。著書に『首相政治の制度分析――現代日本政治の権力基盤形成』(千倉書房、サントリー学芸賞)、『代議制民主主義――「民意」と「政治家」を問い直す』(中央公論新社)、『アメリカ大統領制の現在――権限の弱さをどう乗り越えるか』(NHK出版)、『政治改革再考――変貌を遂げた国家の軌跡』(新潮社) など。
小濵 祥子(こはま しょうこ)
北海道大学大学院公共政策学連携研究部准教授
1983年生まれ。東京大学法学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程を経て、ヴァージニア大学政治学部博士課程修了。博士(国際関係)。 北海道大学法学部准教授を経て、現職。著書に『ポスト・オバマのアメリカ』(共著、大学教育出版)のほか、Political Communication誌など国際学術誌に論文多数。
vol.100
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